さすらいの薪人 心に刻む言葉

自身の薪ライフや、クリーンエネルギー、緑内障の目の状況、昔の海外生活や、思想哲学、生命尊厳の創価哲学など、かって気ままに綴ります。

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170308ブーゲンレビア

女性の力は社会の希望

新たな社会の希望の活力は、
女性のソフト・パワーである。
女性の知恵が発揮されれば、
職場であれ、地域であれ、
創造性が漲り、
調和が図られていく。
女性が安心して
伸びやかに働ける社会を
皆で作っていくことが大切である。

働くこと、子を育てること、
妻であること。また娘であること、
地域の一員であること、
学ぶこと――
それらが互いにぶつかりあい、
悩みながらも、
なおすべてを
自分の成長の糧にしようと
心が定まった時、
初めて、
女性は一個の太陽になれる。

母の楽観主義の光は、
地域の太陽となり、
世界平和の太陽として、
登り輝いている。
私たちは、
この健気な母を幸福にする
「責任」がある。
いな「使命」がある。
これが「人生」だ。
この平凡にして偉大な母を、
幸福にしていくことこそが、
全世界の
平和への第一歩なのだ。

本当に強い人とは、
「心の強い人」である。
ゆえに、永遠にして
宇宙大の妙法を強盛に信じぬく、
婦人部・女子部の皆さんは、
最も強い人である。
どんな宿命にも、どんな困難にも、
負けるわけがない。必ず勝てる。
必ず乗り越えていける。
皆が仰ぎ見るような、
晴ればれとした勝利の大境涯を、
必ずや開いていけるのである。

(聖教新聞 2017年2月26日(日)付 池田大作先生 四季の励まし 女性の力は社会の希望)

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責任 使命 人生 女子部 婦人部 女性

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170307キエフ

避難者へのいじめ

「やーい、チェルノブイリ人」とからかわれた少年が同級生にとびかかって組み伏せる。
これは、日本でも公開された仏・ウクライナなど4カ国合作の映画『故郷よ』(2011年製作)のワンシーンだ。
チェルノブイリ原発事故後、新設されたスラブチチという町が舞台である。少年は原発に隣接するプリピャチ市から非難し、この町に住んでいる設定だ。
「うそばっかりの映画。あんないじめ、、この町で起こりっこない」
スラブチチ市役所に勤める、やはりプリピャチ出身のタチアナさんは言う。
「そもそも避難者のための町だし、収束作業員の家族も多い。みんな多かれ少なかれ『チェルノブイリ人』なのだから」
でも、ウクライナの首都キエフでは、避難した子供たちが「いじめ」を受けたという話は多い。
放射能への恐れから避難者が嫌がらせを受けたともいわれる。しかし、問題の根っこは別のところにある。
キエフはソ連第2の共和国ウクライナの首都で、住むのを希望する人は多かった。しかし住宅難で、キエフ住民でも住宅を手に入れるには長い順番待ちが必要であった。それが突然、数万人の避難者がなだれ込み、新築の住宅に順番も待たずに優先的に入居したのだ。
「何の根拠があって特別扱いされるのか」と地元住民から白い目で見られたと、プリピャチからの避難者タマーラさんは語っている。


被災者の権利への認識が欠如

当初は正式に住民登録もできず、「よそ者」の立場を常に感じさせられた。やがて避難者もキエフに登録し、チェルノブイリ法で「立ち入り禁止ゾーンからの避難者」として補償を受ける権利が確立された。
法律ができたことで「よそ者」ではなくなった。特別扱いされる「根拠」もはっきりした。
法律で、いじめややっかみを全てなくすことはできないが、被災者が不当に肩身の狭い思いをすることは防げる。
「みんな多かれ少なかれチェルノブイリ人なのだから」――お互いの苦難や被災者の権利を知るスラブチチの人々は、そんないじめはしない。
「放射能が染る」と嫌がらせをする人々も「放射能が感染しない」ことは知っている。「感染」を恐れるなら、いじめをして接触したりしない。
足りないのは知識ではない。被災者が持つ当然の権利についての認識。それを侵害してはいけないという当たり前の意識だ。

(聖教新聞2017年2月23(木)付 チェルノブイリ30年の教訓 避難者へのいじめ 被災者の権利への認識が欠如 ロシア研究者・尾松亮)

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チェルノブイリ スラブチチ プリピャチ ウクライナ キエフ いじめ