さすらいの薪人 心に刻む言葉

自身の薪ライフや、クリーンエネルギー、緑内障の目の状況、昔の海外生活や、思想哲学、生命尊厳の創価哲学など、かって気ままに綴ります。

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170326イタリア・フィレンツェ

イタリアの花の都・フィレンツェ市から、池田大作先生に「名誉市民」の称号が贈られました。これは人間精神の開花と平和建設への多大な貢献をたたえたものです。
授与式は2017年3月11日(現地時間)、同市庁舎であるヴェッキオ宮殿の「五百人広間」で盛大に挙行され、ダリオ・ナルデッラ市長をはじめ市議会関係者や来賓、イタリアSGI(創価学会インタナショナル)の代表ら600人が出席しました。
そのときの池田先生の謝辞を掲載いたします。

また、フェイスブックにその時の式典の動画がありましたので紹介いたします。

https://www.facebook.com/ToscanaTV/videos/1434977366553360/

ルネサンスの都から人間主義の花園を地球社会へ 池田先生の謝辞

一、私が、日々折々に見つめている写真があります。青年たちと訪れたミケランジェロ広場から収めた、アルノ川のほとりに広がるフィレンツェの5月の街並みです。
人類の宝と薫る「ルネサンスの花の都」に思いをはせれば、わが生命は生き生きとよみがえり、尽きることなく創造の活力が漲ってくるのであります。
今も私の心はフィレンツェへ飛び、荘厳なる五百人広間での式典に臨ませていただいております。
ここに満腔の感謝と感動をもって、最高に意義深き貴フィレンツェ市からの名誉市民の称号を拝受いたします。
ナルデッラ市長をはじめ、全ての市議会議員の先生方、ならびにご関係の皆さま方に、心より御礼申し上げます。
本日の光栄を、私は何よりも、イタリアSGIの友と分かち合わせていただきます。
この栄誉は、良き市民、良き国民として社会と国家に貢献しゆく、わが友への信頼の証しに他ならないからであります。
とともに私は、この栄誉を、第2次世界大戦中、日本の軍国主義による2年間の投獄にも屈せず、戦後、「人間革命」、また「地球民族主義」の理念を掲げ、平和と人道の民衆運動を開始した、わが師匠・戸田城聖先生に、捧げさせていただきたいのであります。
今年は、この恩師に私が師事してより70年。
さらに恩師が、世界の民衆の生存の権利を謳い上げる「原水爆禁止宣言」を発表してから60年を迎えます。
貴国、なかんずくフィレンツェを舞台とした偉大なるルネサンスの歴史に師弟で学びつつ、青年の創造的生命の開花と連帯を目指し、新時代の文化交流を展望したことも、忘れ得ぬ思い出です。


多彩なる文化が融合する十字路

一、ここに、光輝満つる「花の都」の一員とさせていただいた私は、貴国をはじめ世界192カ国・地域の信頼する青年たちと共に、ここフィレンツェから人間主義の花園を、いやまして地球社会の未来へ咲き薫らせていきたいと、決意しております。
その第一は、「平和と共生の花園」です。
国際社会が深刻な分断に引き裂かれた東西冷戦の最中、世界各界の指導層に対話を呼び掛けて、平和への雄渾なるリーダーシップを執られた都市が、貴フィレンツェ市であったのであります。
当時のジョルジョ・ラ・ピーラ市長は、緊迫した情勢のただ中で、多様な宗教や文明の懸け橋となられました。
1955年には、世界の都市の首長たちを、ここフィレンツェに招き、核兵器の脅威と平和への連帯を訴える、歴史的な国際会議を開催されております。
人類の生存と、人間の尊厳性を断固として守りゆく、平和と人道の都市外交を、全世界に先駆けて展開された金字塔であります。
ラ・ピーラ市長が厳然と叫ばれたごとく、都市の生存の権利は「誰人も、いかなる理由があろうとも、破壊する権利はなく、侵すことはできない」のであります。
この崇高なる信念を受け継がれ、異なる民族や文化を心開かれた対話で結び、世界市民の「善の連帯」を創り広げてこられたのが、若き英邁なるナルデッラ市長であられます。
2015年秋、市長の卓越したビジョンのもと、50カ国60都市が参加して「多様性の中の調和」を掲げて開催された国際会議が、世界に大いなる未来図を示したことも、記憶に新しいところであります。
多彩な文化が融合し、新たな光を放つ「平和の十字路」として、貴市は創造的リーダーシップを、いやまして赫々と世界に示されているのであります。
東洋の美しい譬喩に「桜梅桃李」とあります。桜も梅も桃も李も、それぞれに自分らしく咲き誇りながら、麗しく大地を彩っていきます。
それと同じように、人間も、都市も、文明も、まさしく「多様性の中の調和」を織り成していくことを促しております。
その希望のモデルたる貴市の皆さま方とご一緒に、「平和共生の花園」を地球社会に広げていけることは、私どもSGIにとって、最高の誉れであり、喜びであります。


芸術の交流通し創造性を薫発

一、第二に申し上げたいのは、「文化創造の花園」です。
東京富士美術館も、フィレンツェ市と重ねてきた文化・芸術交流を、最高の誇りとしております。
とりわけ、貴イタリア共和国政府と、貴市のご厚意によって実現した、「レオナルド・ダ・ヴィンチと『アンギアーリの戦い』展」は、2015年以来、日本の各地で巡回され、大きな反響を呼んでおります。
昨年は、2011年の東日本大震災によって甚大な被害を受けた東北でも開催され、「心の復興」を進めゆく友へ限りない勇気を贈っていただきました。
折しも、きょう(11日)は大震災より6年のその日です。
この展覧会の開催に当たり、ご尽力を賜りました、市長をはじめ、関係者の皆さま方のひとかたならぬ信頼と友情に、重ねて御礼を申し上げます(大拍手)。
この4月からも、フィレンツェの誇るウフィツィ美術館をはじめ多くの方々のご尽力をいただき、日本各地で「遙かなるルネサンス展」の開催が予定されております。
こうした文化芸術の交流をたゆまず積み重ねながら、一段と民衆の心と心を結合するとともに、新たな人類の創造性を薫発していきたいと、願ってやみません。


壮大な建設が力を合わせれば

一、最後に、「青年連帯の花園を」と申し上げたい。
フィレンツェは、若人の生命が躍動する青年の都です。36年前、私が初訪問した折に迎えてくれたのも、多くの若人たちでした。
その太陽のように輝く瞳と陽気な笑顔、真剣で情熱あふれる生命の息吹に触れて、私自身、世界の未来は明るいと計り知れない希望を見いだしたのであります。
そして今、当時、語り合った青年たちが、皆、素晴らしいリーダーと大成して、社会に世界に目覚ましい貢献を果たしゆく晴れ姿ほど、うれしいものはありません。
かの偉大なるラ・ピーラ市長は「人間に戻るのだ。人間の偉大さと苦労に」(アンジェリーナ・ヴォルペ著『20世紀の聖者』ドン・ボスコ社)と獅子吼されました。
我らのフィレンツェは、まさに偉大な「人間の都」であります。一人の人間の生命が、どれほど偉大な智慧と不屈の勇気を秘めているか。そして、皆で力を合わせた時に、どれほど壮大な建設を成し遂げることができるか。
フィレンツェこそ、青年の魂に、その目覚めをもたらす「永遠の希望の都」なのであります。
親愛なるフィレンツェの全ての友人の皆さま方。
きょうより私は、誉れも高きフィレンツェ市民の一人として、皆さま方と手を携えながら、「誰も置き去りにされることのない」平和と人道の地球社会の創造へ、共に進みゆくことを、ここに固くお誓い申し上げます。
最後に、貴フィレンツェ市のますますの栄光と無窮の発展、ご参加の皆さま方の健勝とご一家の繁栄を心よりお祈り申し上げ、私の御礼とさせていただきます(大拍手)。

(聖教新聞2017年3月13日(月)付 イタリア・フィレンツェ市が池田先生を名誉市民に  池田先生の謝辞)

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170324しだれ桜

不撓不屈の魂の『人材城』は厳たり 新しき民衆の連帯に「福光の春」

今、私は、妙法で結ばれた創価家族の縁の深さを噛み締めております。
それは、生死を超えて「常楽我浄」の生命の旅を共々に続ける絆です。
御本仏・日蓮大聖人は遠く離れた門下へ、「我等は穢土に候へども心は霊山に住べし」(御書1316㌻)と仰せになられました。
いかなる試練にあろうとも、私たちの心は、常に大聖人とご一緒です。亡くなられたご家族も友も、広宣流布に懸命に進みゆく私たちの心の霊山に一緒なのであります。
あの東日本大震災から6年――。未曾有の災害の犠牲になられた全ての方々に、さらに震災後の苦難の中で逝去された方々に、あらためて、心からの追善回向の題目を送らせていただきます。
そして、縁深き東北の皆様の幸福勝利と郷土の繁栄を、ひたぶるに祈念し続けてまいります。
「生死一大事血脈抄」には、「過去の生死・現在の生死・未来の生死・三世の生死に法華経を離れ切れざるを法華の血脈相承とは云うなり」(御書1337㌻)と明かされています。
法華経に結縁した生命には、成仏の血脈が滔々と流れ通い、「三世の生死」にわたって、決して離れることも、切れることもありません。
ゆえに妙法に包まれた「仏界の生死」であり、「生死ともに仏」(御書1504㌻」です。これ以上、大安心の生死は、断じてないのです。

「仏をば能忍と」

仙台の新・東北文化会館を中心に六県を結んで行われた、凱歌の「新生・東北総会」を、私も嬉しく見守った。
「負けてたまっか!」
――わが東北の同志は、この負けじ魂を命がけで発揮してきた。皆が勇敢なる信心で「心の財」を無量に積み、東北中に「功徳の山々」を築き上げてきたのだ。
御聖訓に、「此の世界をばと娑婆と名く娑婆と申すは忍と申す事なり・故に仏をば能忍と名けたてまつる」(御書935㌻)と仰せである。
すなわち苦悩多き娑婆世界にあって、あらゆる苦難を「能く忍ぶ」勇者を「仏」というのだ。
御本仏はその永遠の鑑(かがみ)を、打ち続く大難に「いまだこりず候」(御書1056㌻)と立ち向かう御自身のお姿を通して示してくださった。
不撓不屈なる東北家族が、この「師子王の心」に直結していることは、絶対に間違いないのだ。
復興は道半ば。今も、多くの方々が仮設住宅や避難先で暮らされている現実がある。帰還にも、期待と不安は交錯する。
まして、悲しさや寂しさ、苦しさは皆違う。一人ひとりの心の復興への歩みは、時間で測れない。
それでもなお、東北の皆様方は、今いる場所、今いる地域で、生きる勇気を奮い起こし、凍てつく大地から再び草木が芽吹くように、雄渾に立ち上がってこられた。
御書に「妙とは蘇生の義」(御書947㌻)とある。妙法とは最極の最極の希望の力といってよい。
ゆえに私は、宮城、岩手、福島の三県をはじめ、青森、秋田、山形の「歓喜の友々」こそ、「世界の希望なり!」と声を大にして叫びたいのだ。
この東北の希望の足音に歩調を合わせてこそ、真の「人間主義の世紀」が生まれていくのだと、私は確信してやまない。

支え合って強く

今回、東北を訪れ交流したSGIの友も、どこまでも温かく、明るく、強靭な、みちのくの同志の姿に感動していた。
目の前に、苦しむ人、悲しむ人がいれば、そっと手を差し伸べ、寄り添ってきた。ありのままに悩みを語り合い、分かち合い、励まし合って生き抜いてきた。
信心で戦えば元気になる。だから一緒に戦いたいと声を掛ける――ある被災地の婦人部の友が、深い決意を語っていた。
「目的は『壁を破る』こと。誰かと比べて勝つことじゃなくて、今の自分より進歩すること」
そうやって、一歩また一歩と歩みを重ねる一人ひとりが、互いに支え、支えられて、地域社会は強く豊かになる。
今、私には、「一切衆生は互に相助くる恩重し」(御書435㌻)との御金言が、不滅の輝きをもって拝されてならない。
我らは、いやまして強盛な「立正安国」の祈りで進み、同苦と励ましの連帯を広げ、地域に根ざした人のつながり、友情で結ばれた心の結合を強めていきたい。そこに、生命尊厳と共生の社会の創造があるからだ。

尊きブラジルの来日メンバーは「タイヨウ音楽隊」の代表であった。音楽の持つ偉大な励ましの力を、生き生きと体験する若人たちだ。
福島でも、浜通りの北部、四市町村(相馬市、南相馬市、新地町、飯館村)からなる「福島旭日県」の皆さん方は、各部それぞれに合唱団をつくられている。
壮年部は「福光銀河合唱団」、婦人部と女子部は合同で「福光春風合唱団」、男子部は二十代のメンバーを中心に「福光若獅子合唱団」を結成した。苦闘の日々、歌が元気の力になってきたという。
昨年の「うつくしまフェニックスグループ」(原発事故等の影響で福島県内外に避難した友の集い)の総福島での大会でも、「福光の春」を声高らかに歌った。
しなの合唱団、創価グロリア吹奏楽団、関西吹奏楽団、創価ルネサンスバンガード、そして東北の音楽隊が被災各地で行ってきた演奏は、百回を数える。
法華経に登場する妙音菩薩は、「能く娑婆世界の諸の衆生を救護する者なり」(創価学会版法華経616㌻)と説かれる。
私の心を心とし、希望と勇気の妙音を響かせてくれている創価の楽雄たちに感謝は尽きない。


尊き三つの椅子

東北国際女性会館に、この度、設置された「東北福光みらい館」を観賞した海外の友の反響も、大きかった。
展示品の中に、石巻の木工作家の方が製作してくださった、尊い三つの椅子がある。大津波で亡くされた三人のお子さん方への尽きせぬ愛情と祈りが込められている。
椅子の写真を拝見し、まるで三人のお子さん方が仲良く笑って腰掛けているような、平和と幸福の光を感じ取り、私は深く合掌した。


私には宝がある

思えば、1970年(昭和45年)の一月、私は、未来部への詩「大きなる希望」に詠んだ。
「昭和五十四年に 第七の鐘は ひとたび鳴り終わる」「次に新しい 七つの鐘を鳴らすのは 君たちしかない」
当時、岩手県雫石町の6人の少年少女部員が、私の詩を読み合い、決意の手紙を送ってくれた。
嬉しかった。「すみれグループ」と名付けられた少年少女たちは、冬を越えて咲く花のように、けなげだった。
「岩手に行ったら、必ず会いましょう」と、すぐに伝言を託した。
その約束は二年後(1972年)の7月に実現した。将来の夢やご両親のことなどを語り合い、次のような言葉を書籍に認め贈った。
「辛くとも 私は 決して くじけない 私には 私には 希望という 宝があるからだ」
「希望という やさしい そして 強い心をもって 私は いつまでも 幸をつくっていくのだ」
使命が大きいゆえに、試練もあろう。残酷な現実に直面する時もあるかもしれぬ。だが、それでも希望を忘れてはならない。
――そう願って綴った。
今も私の心は、未来部の友と直結だ。生命と生命はつながっている。
今回の東北総会では、最後に宮城の青葉少年少女合唱団が凛々しく壇上に立ち、東北の歌「青葉の誓い」を全参加者と歌い上げてくれた。
この4月には、震災直後に小学校に上がった友が中学生になり、中学に上がった友は大学生や社会人になる。6年という歳月に、東北の若人たちは何と逞しく成長してくれたことか。未来を限りなく照らす希望の宝だ。


「流れ」を未来へ

四十年前(1977年)の3月、私は福島の地で、3・16「広宣流布記念の日」の意義を語った。
広宣流布は「流れ」それ自体である。青年が先駆となり、人材の流れを強く、深く、大きくするという儀式こそ「3.16」の意義なのだ、と。
「広布の総仕上げ」を託した東北から、負けじ魂に燃える後継の地涌の陣列が躍り出ることを、私は祈り、信じた。
今その通りになった。世界が東北を希望とし、東北の底力に励まされているではないか。
岩手出身の詩人・宮沢賢治はうたった。
「はがねを鍛へるやうに新らしい時代は新らしい人間を鍛へる」と。
いつも私の心の真ん中には、鍛え上げられた、新生の東北家族がいる。
「学会精神は、東北に学べ!」と、誰もが仰ぎ見る「凱歌の人々」だ。
「冬は必ず春となる」――見よ! この不滅の大法則のままに、「福光の春」は輝き始めた。
我が東北の不屈の魂の人材城よ、師弟の誓いの大城よ、永遠なれ!

(聖教新聞2017年3月11日(土)付 随筆 永遠なれ創価の大城17 池田大作 東北は世界の希望)


・この東北の希望の足音に歩調を合わせてこそ、真の「人間主義の世紀」が生まれていくのだと、私は確信してやまない。
・いつも私の心の真ん中には、鍛え上げられた、新生の東北家族がいる。「学会精神は、東北に学べ!」と、誰もが仰ぎ見る「凱歌の人々」だ。
私にはこの先生の言葉がとても深く突き刺さりました。
そして、当時釜石市でお会いした、声を押し殺して泣いていたご婦人と、毅然とした眼差しで一礼された男子青年の方の姿を思い出します。言葉に記すことができない思いを、お題目にのせて祈ります。
創価家族の一員として、断じて幸福勝利を拡げてまいります。

本当にありがとうございます。
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