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archive: 2015年10月  1/2

御本尊 功徳を引き出すには

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法華経の智慧からの池田先生のご指導から学びます。◆無限の生命力を教えるために、大聖人はご本尊を顕して下さったのです。私たちはご本尊を明鏡として、この生命の力を、自分に於いて、友に於いて、そして万人において信じていくべきです。自受用身の生命は、一切衆生の誰人の胸中にも生命の可能性として備わっていると信じるのが、ご本尊を信じるということです。全民衆を救済する為には、どうしても、人間自身の胸中にある本尊...

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師子王の心で

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2015/10/27の聖教新聞に掲載された池田先生のメッセージです。-----毎日の尊い奮闘、本当にありがとう!全て一流の道には、峻厳な修行がある。それは地味であり、人知れず積み重ねるものです。地道であり、たゆまず繰り返すものです。その基本に徹し抜いた人が勝つ。私たちの日々の仏道修行は、そのまま同志に尽くし、学会を守り、広宣流布を進める戦いです。それだけ大変だし、苦労も多いけれども、一つ一つが自他共に仏になりゆ...

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出来る人の書き方 嫌われる人の悪文 樋口裕一 ビジネス社

題名 出来る人の書き方 嫌われる人の悪文 190P著者 樋口裕一発行 ビジネス社この本には、社会人が論理的思考を身につけるためには欠かせない要点が詰まっている。論理的思考と聞くと、何か堅苦しい学者の言葉のように聞こえて自分とは無縁のように感じる。論理的思考など身につけなくても生きていけるから不必要、という意見もあるかもしれない。しかし、論理的思考を身につけることにより、文章だけではなく、人との話し...

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境智冥合について

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法華経の智慧より、ご本尊について、池田先生のご指導を学びます。-----中央の南無妙法蓮華経は、根源の真理を示すものです。いうなれば、生命宇宙の中心軸なので、虚空会の中心に屹立(きつりつ)する宝塔で示されている。その左右に、釈迦仏と多宝如来がいる。これらは、妙法蓮華経の働きを示す仏です。多宝如来は、過去仏であり、永遠の真理を表す。智慧の対境(対象)としての法を示しています。釈尊は現在仏です。法を現実に...

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戦国武将 あの人のその後 日本博学クラブ PHP研究所

題名 戦国武将 あの人のその後著者 日本博学クラブ発行 PHP研究所戦国時代とは、一般的には応仁の乱が始まる1467年から織田信長が足利義昭を奉じて入京した1568年までを指すが、この本書では徳川家康が江戸幕府を開いた1603年頃までを戦国時代としている。理由は1600年の天下分け目の戦いともいわれている、関ヶ原の合戦を境に家康は中央集権化を確立させていき、そこで戦国の世は一応の終結を見るからである...

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権力で自分を飾るな 人をうらやむな

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池田先生はいわれております。◆権力で自分を飾っていくのではない。幹部となり、学会のお陰で有名人となった人間が、増上慢となって、「信心」以外のもので自分を飾ろうとし始める。そうなったらもはや魔の存在です。信心しているくせに、幹部のくせにとか、言いたい人には言わせておきなさい。その報いを受けるし、言われた方は、その分罪障消滅できるんです。◆明るく、のびのびと、自分らしく活躍していけばいいのです。自分の生...

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仏法を学ぶ姿勢

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仏法を学ぶ姿勢について、三代会長は次のように教えて下さいました。-----牧口先生 「仏法を智解しようとしてはいけない。信解するものだ」戸田先生 「御書の御文は、すべてその通りでございます。と拝するべきである」 「仏法で大事なことは、わかることではなく、変わることである」池田先生 「教学を怠ると、将来必ず後悔する。自分でも根底で自信が持てないし、人にも尊敬されない。」 「リーダーは、真剣に御書を拝さね...

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題目を上げて楽しくなれ

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既にご覧になっている方は多いと思いますが、大白蓮華から。----「今後、みんなと一緒に楽しくやっていきたいと思います。」と語った、ある新任の幹部に対し、池田会長は指導した。「楽しくなればいいのです。それには題目をたくさんあげることです。 それから、やはり自分が成長する以外にない。 講義に行くのでも、話をするのでも、指導をするのでも、自分がまず勉強して、ひとりより一歩先に咀嚼しておけば、なんとなく余裕が...

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書く力 齋藤孝 大和書房

題名 書く力著者 齋藤孝発行 大和書房「書くことは考える力を鍛える。」このフレーズが真っ先に私の目に飛び込んできた。何故書くことが考える力を鍛えることになるのか?筆者は訴える。「書く力」とは構築力である。書くという行為は、そのまま放っておけばエントロピー(無秩序状態)が増大していき、ますます退屈で無意味な世界になる日常の中に、意味という構築物を打ち立てていく作業なのだと。書くためには自分自身で考え...

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信者と行者は区別せよ

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牧口先生は、昭和17年(1942年)、11月、創価教育学会の第5回総会での「法華経の信者と行者と学者及び其研究法」と題した講演では、御書を引かれながら、日蓮正宗の僧侶のあり方がいかに日蓮大聖人の仏法に背いているかを指摘されていた。講演の初めの部分で、牧口先生は、同じ正法信者の仲間にも、「信者」と「行者」と「学者」の区別があるとして、次のように述べられています。----信者と行者と区別しなければならない...

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