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30 2016

ディベートについて

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ディベートについて 


 こんにちは。

 今日はディベートについてお話ししたいと思います。

 元々わたしは人前で話す事は苦手で、たくさんの人前となると舞い上がってしまい、何を話せばよいのか分からなくなってしまう事が度々ありました。

今でもそうかもしれません。

このような私が、少しでも人前で堂々と話せるようになれるのならと、ディベートの研修を受けたことがあります。そのときの感想を少し述べたいと思います。

受講してみて、まず当時の先生の第一印象は、

・声が大きくよくしゃべる。
・頭の回転が速い。
・様々な言葉が歴史を通し、また巧みな比喩で生きた言葉が次から次へと出てくる

のです。
つまり、理論的に分かりやすく説明される先生でした。本当にすごい人だなと感じました。

そして、先生はディベートについての概要・歴史・効果などのお話をされる中で、ディベートの達人は、肯定側、否定側のどちら側に立っても第三者を納得させる事ができる。つまり、勝つ事ができる。と言われました。

この話を聞いた時、実に厳しい世界であり、討論は命懸けであると感じました。
何故ならば、自分の意見の正しさを証明するには、勝たなければ認めてもらえないのです。

事実ディベートで自分がどんなに正しくとも、ソフィストに負けてしまえば自分がソフィストとみなされてしまうのです。したがって、力をつけ、強くならなければならない。

話している先生の真剣さを知り、自分がこの研修を臨むにあたって甘く考えていたのが恥ずかしくなりました。




ディベート研修

心構えを新たにした所で初日から模擬ディベートを行い、論題も「今年巨人が優勝するか否か」と言う事で、肯定側としてディベートに臨みました。

そもそも野球にまったく興味が無い私は、いやでも考えるという自身の頭のトレーニングでした。結果としては自身の無力さ、つまり何一つといっていいほど巨人が勝つ理由を挙げる事ができない、瞬時の判断ができない自分を知りました。

私に必要なのは、どんな事にも興味を持つ努力をし、頭のエアポケットを無くすという事だったのです。

また、私が討論会の時に力不足を感じたのは、自分の議題に対する確固たる信念・自身・事前準備が甘かった、という事。そのため反問尋問の時には、相手側のミスを責めるのみで、自身との比較により相手の理論は劣っていると、第三者に訴える事ができませんでした。

今後は討論の相手に、「なるほど、その通りだ」と思わせる事ができるように上達したいと思います。

さて、ディベートの研修は、私にとってもっとも精神的に苦しく感じました。


しかし、それ以上に多くの事を学ぶ事が出来ました。特に深く考えさせられたのは、相手を心から説得させるには、話し方の技術だけではだめで、自身の真剣さ、相手を思う心など、大きく精神面に関わるという事でした。

これからはもっと自分の意見を述べるようにし、相手の考え方も受け止められるだけの人間に成長し、大きな視野にたって物事を見て行けるよう、日々努力を重ねていきたいと思います。

すばらしく充実した研修を与えていただきありがとうございました。

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