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16 2017

チェルノブイリ30年の教訓 体験を書き表す子どもたち 昔のことではいけない ロシア研究者・尾松亮

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170116ロシア絵画風景

体験を書き表す子どもたち

「チェルノブイリは、私が子供の時にはだしで歩いた美しい小道を、私の両親の家を奪った。このことを私は決して許すことはできない」(ブラーギン市 16歳)
1994年に行われた作文コンクール「私の運命の中のチェルノブイリ」で、ベラルーシの子どもが書いた文章だ。
(作文集「わたしたちの涙で雪だるまが溶けた」~子どもたちのチェルノブイリ~ チェルノブイリ支援運動・九州編から)
8年前の事故当時、5~10歳だったであろう子どもたちは、事故前の生活を奪い、親族や友人達を奪っていったチェルノブイリ事故への怒り、やるせなさ、暗欝たる気持ちを自分の言葉で描き出している。
「チェルノブイリ。私はこの言葉に苦い味を感じる。それは歯にはさまり、舌の上でころがり、のどにつかえる」(ゴメリ市 第10中学校8年生=日本の中学2年生)
ベラルーシは、独裁政治、言論の自由が無いというイメージで語られるが、教育者たちはネガティブな感情も含め「書き表す」ことを受け入れていたことがよく分かる。語ることを求める大人たちへの率直な怒りが表明されることもある。
「何のために作文のテーマがこれに選ばれたのか分からない。あなたたち大人は僕たちから何を聞きたいのか。あなたたちは、あなたたちの運命の中のチェルノブイリ、あなたたちの子どもの運命のチェルノブイリの意味については、あなたたち自身がよく知っているのではないか。」(ゴメリ市 第30河川船隊工養成学校)


「昔のこと」ではいけない

幼くして、チェルノブイリを体験した子どもたちは、その体験を書き表しながら咀嚼していった。
チェルノブイリの体験を言い表す、表現教育の取り組みはチェルノブイリ被災地で広く続けられている。
「今の生徒たちはみんな、チェルノブイリ事故後生まれました。でも、事故の影響は長期の汚染として残っています。チェルノブイリは、この子たちにとって『昔のこと』ではいけないのです」
ロシア西部の被災地ノボズィプコフ市の教師セルジュコワさんは言う。事故30年の今年もセルジュコワさんの学校では、作文と絵画のコンクールを行っている。自分たちの町の汚染、周りの森にリスクが潜んでいること。そんなことも含め子どもたちは「今も続くチェルノブイリ」を絵画や詩で描き続ける。
言い表すすべを持ったコミュニティーで、チェルノブイリが風化することはない。

(2016年12月1(木)聖教新聞 チェルノブイリ30年の教訓 体験を書き表す子どもたち 昔のことではいけない ロシア研究者 尾松亮)

以上です。
最後の言葉、「言い表すすべを持ったコミュニティーで、チェルノブイリが風化することはない」
この言葉に深き重みを感じます。

本当にありがとうございます。
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