スポンサーリンク
23 2017

世界広布新時代第22回本部幹部会 池田先生スピーチ(1991年11月30日の幹部会)

スポンサーリンク
170123白山連峰

「北陸総会」の意義を込めて、石川平和会館で開催された「世界広布新時代第22回本部幹部会」(2016年12月4日)の席上、池田先生のスピーチ映像が上映されました。
この映像は、1991年11月28日付の「破門通告書」が日蓮正宗から送りつけられた直後、11月30日に行われた「創価ルネサンス大勝利記念幹部会」でのものです。世界宗教としての誇りを胸に、さらなる飛躍を期す友の指針として掲載されましたので紹介致します。

本部幹部会で紹介された池田先生の指針 万年の未来へ!新たな希望の出発を!

一、本日は、緊急に、「祝賀の集い」があるというので(爆笑)、私も出席させてもらった。
11月28日付(文永7年。同6年説も)の日蓮大聖人の御書には、次のように仰せである。
「いたづらに曠野(こうや)にすてん身を同じくは一乗法華のかた(方)になげて雪山童子・薬王菩薩の跡をおひ仙予・有徳の名を後代に留めて法華・涅槃経に説き入れられまいらせんと願うところなり」(御書999㌻)
――無意味に荒野に捨てるこの身を、同じことなら法華経のために捧げ、雪山童子が法を求めて身を投げ、薬王菩薩がひじを焼いて、法華経に供養した後に続き、また護法のために壮絶に戦い抜いた(在家の)仙予国王や、有徳王のように、わが名を後世にとどめよう。そして次に法華経、涅槃経が説かれる時には、わが名が、その経典に説かれることを願っている――。

戸田先生も言われていたが、未来の経典に、「創価学会仏」の名が厳然と記し残されることは間違いないと確信する。
創価学会は、こうした大聖人の仰せ通り、不惜身命で妙法広宣流布を実現してきた。これ以上、折伏・弘教をし、これ以上、世界に正法を宣揚した団体はない。
学会こそが、正統の信心、正統の実践を貫いている団体であることを、重ねて断言しておきたい。

一、先日、ある著名な宗教学者が、キリスト教と比較して、今回の宗門問題について個人的な所感を述べておられたようだ。少々紹介しておきたい。
「宗教においては、『変わらざるもの』は何か、『変化すべきもの』は何かを見極めることが大事だ。すなわち、普遍性と特殊性をわきまえることが、宗教発展につながるのである。

カトリックにおいても、社会の多様化に伴って、現代という時代への対応、適応が必要になってきた。現代では、独善的・閉鎖的ないき方は通用しないのである。その意味で創価学会は、信仰の根本の部分は堅持し、普遍化しながら、布教の姿勢については、現代に適応させようと努力してきたから、今日までの発展を築くことができたのだと思う。
創価学会員が各地の旧い社会の因習を打破してきたように、宗門の僧侶たちが、自ら「広宣流布」に尽力し、血のにじむような努力をしていれば、この点も当然、理解できるはずである。
『日顕宗と化した』といわれる宗門の実態を見聞きするにつけ、驚くばかりである。仏法でいう『増上慢』そのものの姿を現出しているとしか言いようがない」
――良識の声、正義への励ましの声として、紹介させてもらった。
私どもは、大聖人を信じているのである。
そして、大聖人の仏意仏勅のままに「大法弘通慈折広宣流布」の大願を掲げて、行動し続けている。
だれ人も、大聖人と私どもの間に介在させる必要はない。また、介在させてもならない。


学会は不惜身命で世界広布を実現

一、大聖人は「報恩抄」にこう仰せである。
「日蓮が慈悲曠大ならば南無妙法蓮華経は万年の外・未来までもながる(流布)べし」(御書329㌻)
――日蓮の慈悲が広大であるならば、南無妙法蓮華経は万年のほか未来の果てまでも流布するであろう――と。
根本は、大聖人の「大慈悲」によって、広宣流布は進められていく。
また、大聖人は「御義口伝」に、次のように述べられている。
「今日蓮が唱うる所の南無妙法蓮華経は末法一万年の衆生まで成仏せしむるなり」(御書720㌻)
――今、日蓮が唱える南無妙法蓮華経は、末法一万年の衆生まで成仏させるのである――と。
大聖人の仰せのままに進む人は、だれでも成仏できるのである。
大聖人は「末法一万年」「万年の外」と仰せである。いよいよ万年の未来へ、広宣流布への新しき、そして壮大なる希望の出発をしたい。


信心ある人が必ず勝つ

一、大聖人はまた、次のように仰せである。
「此の御本尊も只信心の二字にをさまれり」(御書244㌻)――この御本尊もただ「信心」の二字におさまっている――と。
信心がなければ、御本尊の体はあらわれるけれども力用は現れない。
こちらの強い信力・行力が、御本尊の仏力・法力と相まって、功徳が厳然と現れるのである。
「信心」と「実践」のないところに、もはや仏法の生命はない。
また、このようにも仰せである。
「南無妙法蓮華経とばかり唱へて仏になるべき事尤も大切なり、信心の厚薄によるべきなり仏法の根本は信を以て源とす」(同㌻)
――南無妙法蓮華経とだけ唱えて、仏になることが最も大切である。ひとえに信心の厚薄によるのである。仏法の根本は信を源とするのである――と。
成仏は、信心の厚薄によるのであり、あくまでも強き信が根本である。他の特別な権威等によるのではない。
一切は、信心の厚薄による。信心のある人が必ず勝つのである。

一、どうか、皆さまは、「世界一の朗らかさ」と「世界一の勇気」をもって、「世界一の創価学会」の建設へ進んでいただきたい。そして、大勝利の創価学会創立70周年をともどもに迎えたい。
きょうは本当にご苦労様でした。重ねて御礼申し上げます。

(聖教新聞2016年12月13日(火)付 世界広布新時代第22回本部幹部会 池田先生スピーチ(1991年11月30日の幹部会) )

本当にありがとうございます。
関連記事
にほんブログ村 哲学・思想ブログへ このエントリーをはてなブックマークに追加 


スポンサーリンク

創価学会仏 宗門問題 日蓮正宗 日顕宗 信心 実践 勇気

0 Comments

Leave a comment