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02 2017

チェルノブイリ30年の教訓 住民の帰還 特例措置で認めるやり方も ロシア研究者・尾松亮

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170402ローズ

住民の帰還

1986年4月26日に起きたチェルノブイリ原発事故から約1週間後、住民の緊急強制避難を原発周辺30キロに広げる決定が下された。この30キロ圏内は、のちにチェルノブイリ法(1991年成立)で「隔離ゾーン」と位置付けられ、居住や許可なき出入りが禁止された。
 事故から30年以上が過ぎた今も、一般住民が住むことを前提にした避難指示解除は行われていない。30キロ圏内には線量が比較的低い地域もある。それでも、事故の起きた原発、そして圏内に集積された放射性廃棄物からの影響を考え、「近い地域」に人を帰すことはしない。
 「故郷で生活したい」という人たちから「将来的に帰る」という選択肢を奪う残酷な政策ではないか。でも「帰る選択肢を完全に奪った」とも言い難い。


特例措置で認めるやり方も

「正確な統計はないけれど、200人くらいは住んでいると聞きます。お年寄りが多いけれどね」
 チェルノブイリ原発に隣接するプリピャチ市から避難し、ウクライナの首都キエフに住むスベトラーナさんは言う。一度避難したものの、どうしても住み慣れた故郷に戻りたい人々は圏内に住んでいる。「勝手に住み着いた人」という意味で「サマショール」と呼ばれる。
 30キロ圏内は居住禁止である。このような自主帰還は明確にチェルノブイリ法に違反する行為だ。一時期は警察が巡回して取り締まっていたという。
 「今では、そこまで厳しくは取り締まっていません。見て見ぬふりをするというか、大目に見ているんですね」とスベトラーナさん。
 しかし、これでは放っておけば居住登録のない「どこにもいない人」になってしまう。93年、ウクライナの内閣決定により、これらサマショールは「いずれ避難するが、まだ避難していない人」という位置付けで、30キロ圏外のイワンコフ市に仮の住民登録をすることになった。サマショールたちには、圏外の町から往診車や移動販売車が派遣され、生活面のサポートが提供されている。住民登録があるから可能になったことだ。
 事故のあった原発に近い場所には住民の帰還を禁じる。けれど、どうしても戻りたい人には、特例措置でその選択を認める。
 今年3月末、浪江町、飯舘村で、4月1日に富岡町で避難指示が解除される。「まだ戻れない」という人の思いは無視され、避難生活への支援はやがて打ち切られる。政府は「戻りたい人のための避難指示解除だ」と説明してきた。本当にそうか。
 避難指示を解除せずとも、戻りたい人の選択を認めるやり方はある。

(聖教新聞2017年3月23(木)付 チェルノブイリ30年の教訓 住民の帰還 特例措置で認めるやり方も ロシア研究者・尾松亮)

お金がない日本は、避難生活者への支援を打ち切るのはやむを得ないことなのでしょうか。他に対策は打てないのだろうか。
弱者の立場を真剣に考える為政者に心から期待し戦ってもらいたい。

ありがとうございます。
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チェルノブイリ プリピャチ ウクライナ サマショール

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