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05 2017

チェルノブイリ30年の教訓=完 31年を迎えて 私たちは学び続けられるのか ロシア研究者・尾松亮

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170406ロシアの家族

31年を迎えて

 2016年11月29日、チェルノブイリ原発4号炉を包み込むアーチ型シェルターの取り付けが完了した。爆発した4号炉を覆うコンクリート遮蔽物「石棺」は老朽化が激しく、この「新シェルター」を上からさらにかぶせた。これにより、水や雪の侵入を防ぎ、周辺環境への汚染拡大を防止する。
 専門家によれば、今後100年は持つとのお墨付きだ。「(隣接地の)線量が半分以下に下がった!」とシェルタープロジェクトの担当者は成果を強調する。
 シェルター本体は完成したが、気密性を高めるための工事が続く。一方で、溶け落ちたデブリを取り出し、更地に戻すことができるのか、できるとしてあとどれくらいの時間が必要なのか、誰にも分からない。


私たちは学び続けられるのか

 チェルノブイリ原発周辺30キロ圏内では、許可なき立ち入りや、経済活動が禁止されてきた。昨年4月の大統領令では、活動規制を緩和し、圏内の一部に自然生態観察公園を造る計画が打ち出された。そして7月のチェルノブイリ法改正で、圏内で一定の経済活動が認められるようになった。「中国企業が圏内で太陽光発電プロジェクトを申請」といったニュースも散見される。
 この政策の評価は難しい。事故から30年、線量が下がった地域もあるのだから、有効活用すべきとの言い分もある。財政難のウクライナではなおさらだ。
 でも、この政策決定の流れを見て感じることがある。チェルノブイリ被災国の今の政治指導者たちは、もう、自らあの1986年の事故対応を指揮した人々ではない。自ら被災地域の代表として、被災住民の自己決定権を求め、ソ連中央政府に抗った人々がつくったのが「チェルノブイリ法」だ。
 彼らはこの法律に「事故の起きた原子炉の周辺は隔離地域にする」という原則を書き込んだ。自分の生涯をはるかに超えていくカタストロフィー(大惨事)への畏怖が込められていた。
 100年後、老朽化したこのアーチ型シェルターを前に、人々は何を思うのだろうか。
 私は見届けることはできない。
 日本では6度目の3月が過ぎた。もうじきチェルノブイリ事故から31回目の4月が訪れる。4月26日前後には、「チェルノブイリ終わらない悲劇」というような特集が組まれるだろう。そして、4月27日には忘れるだろう。そうやって生きてきたのだから……。
 それでもカタストロフィーの影響は続く。30年と同じように、31年にも、チェルノブイリから教訓は響き続ける。耳を傾け続けることができるのか。私たちの覚悟が問われている。

(聖教新聞2017年3月30(木)付 チェルノブイリ30年の教訓=完 31年を迎えて 私たちは学び続けられるのか ロシア研究者・尾松亮)

これでこの記事は終了となります。尾松さん、本当にありがとうございました。
わたしも自分ができることから、脱原発、そして新たなエネルギー活用の挑戦を開始してまいります。
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カタストロフィー チェルノブイリ シェルター

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