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17 2017

随筆 永遠なれ創価の大城18 池田大作 師弟の大桜は爛漫と

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170517一人立つ

試練を越えて 凱歌の花は咲く 君よ 対話の春を舞いに舞いゆけ


 父母と
  試練の坂を
    勝ち越えて
  咲き誇りゆく
     若桜かな
     
 熊本地震から一年――愛する郷土の復興へ奮闘しゆく不撓不屈の若人の連帯を、諸天も寿いでくれたのであろう。
 熊本での全国男子部幹部会は、異体同心の九州家族の祈りに照らされ、暖かい陽光に包まれた。
 会場は、一年前、被災された方々の一時避難所となった熊本平和会館だ。
 今年は三月の寒さの影響か、桜の開花が平年より遅く、折しも当日は満開の桜に包まれ、日本一の弘教を飾った九州の丈夫たちを祝賀した。
 引き続き、桜花舞う熊本では、けなげな九州女子部の総会も行われる。
 「さくら(桜)はをもしろき物・木の中よりさきいづ」(御書一492ページ)と、日蓮大聖人は桜を愛でられた。
 固く、ごつごつとした樹皮に覆われた桜の木。その中から清らかな花が咲き出る。それは、凡夫の生命に清浄にして偉大な仏の生命が具わることの象徴でもあろう。
 また、桜の大樹は風雪の苦難に耐えるかのように、太い幹を曲げられながらも、毅然と枝を伸ばし、花を咲かせる。
 その凜たる姿は、「負けんばい!」と胸を張る熊本の宝友たちと二重写しに思えてならない。

「誓い」を新たに

 今年の桜(ソメイヨシノ)は、開花宣言も満開も東京が最も早かった。
 総本部を訪れるSGIの友も、万朶と咲き誇る「青年桜」や「華陽桜」に、世界広宣流布への誓いを新たにされている。
 春季研修で来日された世界の同志と共々に、清新な心で、新出発を切っていきたい。
 先日、私は、桜花爛漫の中を、創価学園から久方ぶりに立川文化会館へ走った(4月5日)。
 道すがら、目に入った聖教新聞の販売店にも、題目を送りつつ、シャッターを切った。「無冠の友」の皆様と一丸となり、たゆまず地域広布を推進する大事な城である。
 この立川文化会館では、昭和五十三年(一九七八年)、女子部の歌「青春桜」を友と一緒に作り、3・16「広宣流布記念の日」に発表したことも懐かしい。
 私は歌詞に詠んだ。

 「あなたと語りし
      あの誓い
  いかに忘れじ
  この道を この道を
  手に手をとりたる
      青春桜」

 立川文化会館の「元初の間」で、私は妻と、全世界の創価の女性に、幸と勝利の“青春桜”が、永久に、馥郁と薫りゆくことを真剣に祈念した。

多摩川に沿って

 「桜」で蘇るのが、二十五年前(一九九二年)の四月、八王子から大田に向かう途次、調布文化会館に立ち寄った時のことである。
 多摩川に沿って、美しい桜が咲いていたが、それにも増して見事だったのは、館内のロビーいっぱいに花を広げた手作りの大桜であった。
 聞けば、花びら一枚一枚に、誓いの祈りが込められていたという。
 真心の労作業に胸中で合掌しつつ、仰ぎ見た。
 会館の窓から多摩川を望むと、河川敷にいた家族連れが目に留まった。
 わが創価家族ではないかと思い、声を掛けてもらうと、やはりそうだった。男の子は河川敷で遊んでいたままの姿で、お母さんは恐縮されていたが、館内に入ってもらい一緒に勤行を行った。
 今、その少年は大学院の博士課程で学びつつ、創価学園で教壇に立ち、男子部のリーダーとしても奮戦してくれている。
 この折、私は調布と狛江の友に熱願した。
 「仏法は勝負。勝つか負けるかだ」「功徳と正義を示せ! ここから火の手を上げよ」――と。
 私の心には、愛弟子たちが“常勝の錦州城”を築き、功徳満開の無数の花を咲かせる姿が、今もありありと映っている。
 調布を出て、車で狛江、世田谷と抜けると、わが故郷城・大田である。
 大田にも、桜の思い出は数多い。戦災の焼け野原に一本残った桜が、皆に希望と勇気を送ってくれたことを、童話『少年とさくら』に綴りもした。
 地域貢献として私が提案し、大田区に千本の桜の若木を寄贈させていただいたこともある。大切に守り支えてくださる地元の方々に感謝は尽きない。
 私の心を心として、大田の青年部が“千本桜”のごとく、誠実と信頼光る人材の若木を地域に植えてくれていることも、嬉しい限りだ。

「人華」を広げよ

 桜は世界に友情の花を広げてきた。
 中でもアメリカの首都ワシントンのポトマック河畔の桜は有名だ。淵源は百年以上前、“憲政の神様”尾崎行雄が東京市長の時に苗木約三千本が寄贈されたことにある。
 わがアメリカSGIの友も、ロッキー山脈を仰ぐデンバーなどで桜の植樹を重ね、多くの市民に喜ばれている。 
 世界には、“紫の桜”ジャカランダなど、桜を彷彿させる花樹がある。
 たとえば、この時節、インドでは、桜によく似たアーモンドの白い花が満開になる。
 インドの創価の友は、今や十五万人を超える“人華の園”となった。
 その原動力こそ、あくまでも「一人」を大切にする振る舞いだ。
 そして、「一人立つ」リーダーの行動である。
 それは、あのマハトマ・ガンジーが身をもって残した拡大の方程式でもあるといってよい。
 ガンジーは、どのようにして、広大なインドの民衆を糾合したのか。
 共に戦い抜いた盟友ネルーの結論は、誠に明快である。
 「ただやさしいまなざしと、おだやかな言葉と、それに何よりも身をもって自ら模範を示すことによって成しとげたのである」と。
 特別な何かで、人心をまとめたのではない。誠実一路の人間性と、率先垂範の勇気によって、民衆を結合したのである。

「一は万が母」と

 ともあれ、誰かではない、自分である。まず自分が戦いを起こす。自分が壁を破るのだ。
 「一は万が母」(御書四九八ページ)である。自身の祈りと智慧、闘魂、行動からこそ、広布の万波が生まれる。
 「一人立つ」勇気と挑戦の先に、必ず突破口は開かれていくのだ。
 日蓮仏法は「下種仏法」である。
 一言一句でも仏縁を結ぶなら、友の胸には、何があろうと消えない成仏の種子が植えられる。
 だからこそ、臆してはならない。信念をもって語り切ることだ。
 そのために悩むことは、菩薩の悩みである。全ての苦労が、仏の境涯を開いていくのである。

歴史創る新風を

 法華経化城喩品には美しい一節がある。
 「香風は萎める華を吹いて 更に新しき好き者を雨らす」(創価学会版法華経313ページ)――香り高い風がしぼんだ花を吹いて、さらに新しく好ましい花を降らせる――。
 新しき歴史は、新しき風とともに創られる。私たちの広布への活動においても、新しき価値創造には、常に、新鮮な風を送りゆかねばならない。
 ゆえに、青年部が大事なのだ。各地域の壮婦の励ましで、一人の男子部が、女子部、学生部が立ち上がることは、必ず、新しい花を咲かすことに通じる。目の前の一人を大事に育めば、新時代の扉は必ず開かれる。
 一人ひとりの若人が“桜梅桃李の人華”を命いっぱいに咲かせ、人間革命の輝きで社会を照らし、立正安国の花園を、わが地域・わが国土に広げていくのである。

学会精神に燃え

 昭和五十四年(一九七九年)の四月二日――、桜をこよなく愛された、わが師・戸田城聖先生の祥月命日に、私はこう書き留めた。

 「死身弘法 不惜身命
 此の心は
 学会精神のみにある」

 永遠の妙法と共にある我らは、永遠に師弟の道を進み、学会精神を燃え上がらせ、広宣流布の大誓願に生き抜くのだ。
 恩師を偲ぶ北海道・厚田にも、五月三日ごろ、桜前線が到達する。
 我らの前には「師弟の大桜」が咲き誇り、晴れやかな「創価桜」の大道が広がっている。
 さあ、正義と勇気の前進だ! 君たち、貴女たちよ、対話の春を舞いに舞いゆけ! 朗らかに、自身の凱歌の花、民衆の勝利の花を咲かせよう!

(聖教新聞2017年4月13日(木)付 随筆 永遠なれ創価の大城18 池田大作 師弟の大桜は爛漫と)

本当にありがとうございます。
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