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09 2017

随筆 永遠なれ創価の大城19 池田大作 我らの凱歌の五月三日

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170609巌窟王5月3日

王者堂々と広布の峰へ前進! 「師弟共戦」「異体同心」の信心は無敵なり

 日蓮大聖人の仏法は、全人類を永遠に照らす「太陽の仏法」である。
 御聖訓には、「一閻浮提うちみだすならば閻浮提内広令流布はよも疑い候はじ」(御書一四六七ページ)と仰せである。
 ゆえに時代の闇が深いほど、いよいよ鮮烈に、智慧と希望の陽光を放って、我らは進むのだ。
 久遠よりの誓願である広宣流布を断行するために! 民衆の幸福を勝ち取り、平和の未来を創り開きゆくために!
 誇り高き使命の大行進の中で迎える栄光の五月三日、誠におめでとう!皆、本当にありがとう!

師匠を偲びつつ

 一段と勢いを増しゆく学会の大発展の様子を、創立の師父に御報告したい――その思いを込め、私は、豊島区巣鴨の東京戸田記念講堂を訪れた(四月二十六日)。
 同じ区内には、かつて牧口先生と戸田先生が、暴走する軍国主義と国家神道に抵抗して投獄された東京拘置所があった。師弟して「立正安国」のために戦い抜かれた魂の決戦場である。
 この師弟の殿堂を守り荘厳されている豊島区・北区をはじめ地元の方々に感謝は尽きない。
 遠来の友を「当起遠迎、当如敬仏」の精神で迎えてくれる創価班、牙城会、白蓮グループにも、また音楽隊、鼓笛隊、ドクター部、白樺の皆様、栄光会など役員の方々にも、さらに王城会、香城会、会館守る会、サテライトグループなどの方々にも、心から御礼申し上げたい。
 御書には、「日蓮が難にあう所ごとに仏土なるべきか」(御書一一一三ページ)と記されている。
 学会の会館は、御本仏の不惜の精神に直結して殉難した、創価の師弟の崇高な魂魄を留める広布の法城である。ゆえに、集い来る地涌の闘士たちが皆、「心の財」を無量に積みゆけることも、また絶対に間違いないのだ。
 師弟共戦の歴史を綴ってきた講堂を訪問した意義を刻み、ここでは不滅の学会精神を三点にわたり確認し合いたい。

勝利は祈りから

 一つ目は、一切の勝利は「祈り」から始まる、ということだ。
 牧口、戸田両先生の肖像が見守る講堂で、私は妻と厳粛に勤行・唱題し、死身弘法の御徳に報恩感謝の祈りを捧げた。とともに、慈折広宣流布の大願成就を、そして大東京をはじめ、全国、全世界の宝友の幸福勝利を真剣に祈念した。
 大聖人は、「多くの月日を送り読誦し奉る所の法華経の功徳は虚空にも余りぬべし」(御書一一九四ページ)と仰せである。
 大聖人の仏勅である広宣流布、立正安国を誓願し、我ら創価の師弟が唱えてきた自行化他の題目が、どれほど莫大であることか。その功徳は、今や壮大に青き地球を包んでいるのだ。
 女性門下に送られた御文には、「教主釈尊をうごかし奉れば・ゆるがぬ草木やあるべき・さわがぬ水やあるべき」(御書一一八七ページ)と説かれる。
 まさしく、仏天をも揺り動かす絶対勝利の祈りで、一切を勝ち開いてくれているのが、世界一の太陽の婦人部である。
 五月三日は「創価学会母の日」――私たちは、尊き広布の母に、最大の賞讃と深謝を捧げたい。
 母たちを中心に、我ら創価家族の祈りは「異体同心」の祈りである。
 いずこでも、悪戦苦闘の友がいれば、励まさずにはおかない。共に祈り、同志のために動かずにはいられない。
 「自他彼此の心なく」結ばれた、この最高に麗しい絆が日本中、世界中に張り巡らされている。だから、御本仏の大生命が脈々と流れ通うのだ。

自ら人間革命を

 二つ目は、広宣流布の全ての戦いは、自分自身の「人間革命」のためにあるということだ。
 戸田講堂の恩師記念室では、貴重な広布史の展示を拝見した。
 丹精込めて復元された豊島公会堂の模型も、誠に懐かしかった。
 戸田先生は、先師が獄死された拘置所の間近にある、この公会堂を正義の言論戦の舞台として、御書や法華経を講義していかれたのだ。
 六十年前の八月、私が荒川区で広布拡大の指揮を執った直後にも、先生は、この豊島の会場での本部幹部会で全国の飛躍を讃えられた。そして、新入会の友らを温かく励まし、皆に「信心してよかった」という喜びを味わわせてほしいと念願されたのである。
 「各人が幸福をつかむ信心」の確立にこそ、先生の鋭き焦点があった。
 そのためには、労苦をいとわず「地涌の菩薩」の行動を、と教えられた。
 我らの地球が正確に自転しつつ太陽の周りを公転するが如く、「人間革命」と「広宣流布」は絶妙に連動して、無限の価値を創造していくのだ。
 「唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ」(御書三三ページ)とは、「立正安国論」の結論である。
 日々、「行学の二道」に励みながら、大法弘通のため、立正安国のため、勇んで戦っていく。このダイナミックな学会活動こそ、皆が宿命を転換し、絶対的な幸福境涯を開きゆく、最も確かにして速やかな「一生成仏」の軌道であることを、先生は明かされたのだ。
 展示の中に、一九七三年の五月五日、豊島の友三千四百人との記念撮影や子ども運動会の写真もあった。この折、皆で「勝利」の意義を語り合ったことも思い出深い。
 ――新しき前進への活力は、勝つことである。勝利は、新しき希望を生み、新しき勇気を育む。ゆえに、一つ一つの課題に断固として勝ち続けていくことが、広宣流布の原動力である、と。
 当時の可愛らしい未来部の友も、皆、立派に成長して、「人間革命」即「広宣流布」の勝利のために、団結し、奮闘してくれていることが、何より嬉しく、頼もしい。

巌窟王の精神で

 三点目に、「巌窟王の折伏精神を忘るるな」と訴えたい。
 学会が「広宣流布」という言葉を公の場で使った最初の記録は、七十五年前(一九四二年)の五月、創価教育学会の総会での牧口先生の発言であった。既に太平洋戦争の渦中である。
 牧口先生は、軍部政府からの弾圧も覚悟されていたのであろう。この総会で、嵐に立ち向かうが如く、我らは国家社会を大善の方向に導くのだと師子吼されている。
 そして一対一の折伏によってこそ、「家庭を救い社会を救い、そうして広宣流布に到るまでの御奉公の一端も出来ると信ずる」と断言された。
 ここに「広宣流布」という学会永遠の使命と責任が定められたのだ。
 正義の師を獄死せしめた権力の魔性に憤怒した戸田先生は、妙法の巌窟王となって、一九四五年の七月三日に出獄した。
 必ず広宣流布することこそが、師の仇討ちなりと覚悟された戸田先生は烈々と叫ばれている。
 「私が生きている間に、七十五万世帯の折伏は、私の手でいたします」
 「私の手で」と、先生は言われた。誰かではない、自ら人生を懸けた誓願として言い切られている。
 そして戸田先生は、牧口先生と寸分違わず、「一対一の膝詰めの対話」によって、広宣流布の道を切り開いていかれたのである。
 一対一で、勇気をもって正義を語る、真心込めて友を励ます――この折伏精神に、人間一人ひとりの無限の可能性を開きゆく広宣の直道がある。
 日本も世界も、激動と不安の中にある。誰もが心から信頼できる何かを求めている。だからこそ、私たちは、目の前の一人を大切にし、相手の仏性を信じ、確信を持って語るのだ。
 粘り強い大誠実の対話は、悪意や偏見も打ち破る。確かな友情を結び、仏縁を広げていくのだ。
 恩師・戸田先生は水滸会や華陽会の折々に、「巌窟王の心」とは、何があっても巌の如く信念を貫き通す折伏精神であると教えてくださった。
 この心で、私は恩師の出獄から十二年後の七月三日に入獄した。全く無実の罪であった。本年夏で六十年となる。「師弟共戦」と「異体同心」の信心は無敵なりと、満天下に示し切ってきた。
 そして今、わが愛弟子たちが一切を受け継ぎ、師弟の正義を、巌窟王の如く威風堂々と勝ち示してくれることを、私は大確信してやまない。

凱旋の鐘を打て

 戸田講堂の平和ロビーには、二〇〇一年の「五月三日」を記念する第一回東京総会に際し、私が鳴らした「七つの鐘」のオブジェがあった。
 今回、湧き上がる思いのまま、「わが全同志に勝利の鐘よ響け! 大東京に凱歌よ轟け!」と、再び強く、また強く鐘を打ち鳴らした。
 鐘の響きには、深く共鳴しつつ、はるか彼方まで届いて、魂を呼び覚ます力がある。
 我らも大歓喜の生命の躍動を、一人また一人と伝え、社会へ、世界へ、未来へ、大いなる希望の波動を広げていくのだ。
 さあ、広宣流布の峰を目指し、共に、共々に、勇気凜々と、晴れやかな凱旋の暁鐘を、打ち鳴らそうではないか!

(聖教新聞2017年5月3日(水)付 随筆 永遠なれ創価の大城19 池田大作 我らの凱歌の五月三日)

本当にありがとうございます。
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