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脱原発の哲学を語る 人間的生脅かす原子力

2017年07月23日00:00  カテゴリ:エネルギー・エコ・電力
170721脱原発の哲学

災害と文明 脱原発の哲学を語る 人間的生脅かす原子力=核技術 現世代に責任の切迫性が

 福島原発事故から6年余りが経ちました。私たちは、これらの課題を正しく受け止め、危機的事故を回避する道を見いだせたのでしょうか。マスメディアからははっきりしたことが見えてきていないのが現状だと思います。
 ここでは、聖教新聞に掲載された、佐藤嘉幸・田口卓臣著『脱原発の哲学』(人文書院)の著者である佐藤氏、田口氏に脱原発への課題等について聞かれた対談がありましたので、掲載させていただきます。

例外状態の常態化

 ――『脱原発の哲学』では、福島原発事故以後、私たちは「例外状態の常態化」の中に投げ込まれていると述べられていますね。

 佐藤 「例外状態の常態化」とは、原発事故の被災地域で、放射能汚染と共に生きなければならない状態が常態化していることを指しています。もともと「例外状態の常態化」は、ドイツの哲学者ヴァルター・ベンヤミンがファシズムの時代に作り出した概念で、保護されるべき人権が保護されない状況が常態化した事態を述べたものです。今、汚染地域で起きている事態を、私たちはそうした状況に重ね合わせました。
 事故から6年がたちましたが、人々が汚染された環境に慣らされ置き去りにされているのが、被災地の現状ではないでしょうか。

 田口 事故に関する政府の発表やメディアの報道に関しても、例外状態が常態化していると私たちは考えています。例えば、事故直後から起きていた炉心溶融や放射性物質の拡散情報は隠蔽され、きちんと国民に伝えられませんでした。
 こうした例外状態は今も続いています。その中で、最も深刻な状態にあるのは、健康被害への影響に関する発表や報道ではないかと考えています。

 佐藤 福島県「県民健康調査」では、甲状腺ガンの患者が増え続けているにもかかわらず、国や福島県は「健康被害は起きていない」と繰り返し発表し、多くのメディアもそれを伝えるだけです。原発事故を境に、さまざまな側面で「例外状態の常態化」が強まっている気がします。

 田口 ただ「常態化してしまった」という事実を確認するだけなら、哲学に意味などありません。例外状態がなぜ常態化したのか。その原因を明らかにし、応答する責任が私たちにはあると感じていました。それが『脱原発の哲学』の出発点にあります。

脱被ばくこそ国の役割

 ――原発を巡るイデオロギー批判では、事故以前の日本には、「安全」イデオロギーを再認し、「原発震災」を否認するという、「再認/否認」のメカニズムが働いていたと指摘しています。

 佐藤 原発事故の原因が語られる際、安全神話という言葉がしばしば用いられてきましたが、原発を必要とする国家権力や経済原理が背後で働いていると考えるなら、より明示的にイデオロギーと捉えるべきだと考えています。日本社会では、原発を国策として推進するために、「安全」イデオロギーが“再認”され、原発事故、原発震災の可能性は常に“否認”されてきました。

 田口 「再認/否認」のメカニズムは、事故以後も、被害の影響を過小評価する言説として表れています。その最たるものは「被ばく許容量」や「しきい値(下回れば害はないとされる値)」に関する議論ですが、「避難の必要はなかった」と語る一部の関係者の発言にも注意する必要があります。

 佐藤 避難することで体調を崩されたり、亡くなられた高齢者や入院患者がおられたことが理由とされています。むろん、そうした社会的弱者に対しては最大限の配慮が必要です。
 ただ、こうした言説は、被災者を放射能汚染地域に残留させるという原子力ロビーの方針と親和性が高いことを、私たちは危惧しています。同じような言説が現在、とりわけ子どもへの被ばく影響を考えて避難した自主避難者に対しても向けられています。

 田口 被災者にとって最も必要なのは予防原則に基づく「脱被ばく」であり、被害の過小評価ではありません。一人一人ができる限り被ばくを避けたり、汚染地域から避難したりすることは、当然の権利です。国や政府の役割は、その権利を最大限に尊重することであり、復興という名の帰還政策を押し付けることではありません。

 佐藤 また、「健康影響はない」と語る人々も、無意識のうちに「再認/否認」のメカニズムを補強していないか、自問することが必要だと思います。そうでなければ、「安全」イデオロギーだけが社会を埋め尽くすことになります。

批判的科学を継承する

 ――「脱原発の哲学」は、批判的科学の精神を継承するものでなければならないと訴え、レイチェル・カーソン(米・海洋生物学者)や宇井純(環境学者)の文明、科学批判に言及されています。

 佐藤 科学に関しては、その中立性が語られ、政治的な判断は入り込むことはないと考えがちですが、実際にはそうではありません。原発は核兵器と同じ核分裂連鎖反応の技術を用いており、政治や軍事と密接に結び付いています。また、現代では科学自体が産業化しており、原発は経済活動と密接に結び付いています。
 レイチェル・カーソンの文明批判は、科学の中立性を自明視せず、科学がなぜ倫理を見失いやすくなるのかを冷静に分析しています。また、宇井純の批判的科学の立場は、「科学」の名の下に切り捨てられる公害被害の総合性を注視しようとする立場です。

 田口 宇井純は「いつも当事者に聞け」と語りました。これは、被害者は全方位的に被害や差別を受けているという現実認識に基づく言葉だと思います。
 また、健康影響に関する議論では、エビデンス(客観的な基準)が持ち出されがちですが、そこに働く力学を分析しなければなりません。客観性を偏重する言説が、マイノリティーの被害を封じ込め、差別を生み出してきたことは、過去の公害事例を見れば明らかです。
 福島原発事故でも同じことが起きています。被害者は社会的に最も弱い立場にあって、互いに分断され、差別が複雑化する構造もあります。私たちが批判的科学を「脱原発の哲学」の土台に据えた理由はそこにあるのです。

根源的民主主義の確立

 ――脱原発の理念に関しては福島以後、ジャック・デリダ(仏・哲学者)の「切迫性」の概念が無視し得ない重みを持っている、と。

 佐藤 事故以前に関して言えば、放射性廃棄物を発生させずにはおかない原発は、「未来世代への責任」(ハンス・ヨナス=独・哲学者)を考慮して廃止することが要請されていたと思います。しかし、実際に事故が発生し、健康被害を引き起こす可能性が出てきた以上、「未来世代への責任」を媒介する必要はなく、私たちが自分自身に対して脱原発の責任を負っています。従って、今ここにおける脱原発の「切迫性」が導かれなければならないのです。
 私自身、東海第二原発から15キロほどの距離にある水戸市に住んでいますが、茨城県沖地震の可能性も語られており、脱原発の「切迫性」は目前にあると感じています。

 田口 こうした「切迫性」は、原発がひしめく日本列島では目前の現実です。ところが実際には原発事故は収束したかのように語られ、事故を過小評価する否認のメカニズムが強まっています。あらゆる場面で否認の傾向が深まり、原発再稼働が進み、「核武装」という言葉さえ飛び出しています。
 私たちは、『脱原発の哲学』の中で、原子力=核技術を絶滅技術と捉え、そのような技術が存在する限り、手段としての技術が、目的としての人間的生をおとしめるだろうと述べました。事故後の被害状況からも明らかなように、原子力=核技術に依存する限り、人間的生は脅かされ、辱められます。ですから、原子力=核技術への依存から抜け出すことこそ、人間的生を取り戻す道だと思います。

 佐藤 事故から現在に至る世論調査を見てみると、「脱原発を進めるべき」という意見は常に5割以上で推移しています。しかし、一向に脱原発が進まないのはなぜでしょうか。私たちはそこに民主主義の形骸化を見ています。だからこそ、『脱原発の哲学』では、住民からの民主主義について考え、国民が自らの意志を国の政策決定に反映できる直接民主主義的な回路が必要であると訴えました。
 具体的には、脱原発を巡って、住民の発議による国民投票の実施を提案しています。それは、住民自身が国全体で決定すべき問題を抽出し、その結果を政策に反映していく根源的民主主義の一つのかたちです。
 こうした根源的民主主義の確立こそ、脱原発を実現する道であると考えます。

 佐藤嘉幸 筑波大学准教授
 さとう・よしゆき 1971年、京都府生まれ。哲学・思想史専攻。パリ第10大学博士(哲学)。著書に『権力と抵抗』などがある。
 田口卓臣 宇都宮大学准教授
 たぐち・たくみ 1973年、神奈川県生まれ。フランス文学専攻。博士(文学)。著書に『ディドロ 限界の思考』などがある。

(聖教新聞2017年6月15(木)付 災害と文明 脱原発の哲学を語る 人間的生脅かす原子力)


今、私たちはマスメディアや国から知らされる情報をただ受け入れるだけではなく、自ら情報を取りに行き共有することが大切なのかもしれません。そしていま、間違いなく本当の意味での民衆からの自発能動が日本の国を守ることに直接していくのだと感じます。そしてクリーンエネルギーの実用に向けた挑戦は、着実に進んでいると感じています。

ありがとうございます。
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