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お題目 題目を馬鹿にして策に走れば結局は敗れる 池田先生ご指導

2017年08月16日02:16  カテゴリ:創価学会三代会長ご指導
170816プルメリア祈り

お題目 題目を馬鹿にして策に走れば結局は敗れる 池田先生ご指導

久しぶりにアップさせていただきます。
私が若かれし頃、お題目について頂いた池田先生のご指導を紹介いたします。

題目を馬鹿にして策に走れば、結局は敗れる。
生命をかけた戦いに福運はつく。
皆の祈りが一緒にならないと、戦いがうねりになっていかないのです。
誰がどう言おうと何をしようと題目にはかなわないのです。
行動がないと信心とは言えないのです。
御本尊様は見通している。

信心の世界は不思議なもので、本気になってやれば、今の千倍、万倍の功徳が出るのです。
信心の世界は題目をあげきっていけば、鉄の扉が開く力があるのです。
宿命転換が、できないわけがありません。
信心の世界は皆で大勢で嵐のように題目をあげていく世界なのだ。
題目だね。一切題目だ。
百万言の指導より、百万冊の哲学書より、題目です。
題目をうんとあげなさい。祈りなさい。願いなさい。
全部その通りになって戦いは開いていく。

君自身がどれだけ題目をあげたかと言うことでしょう。
題目をあげれば自然に教学が必要となります。
題目をあげれば自然にその仕事が充実します。

苦しいことだってある。悲しいことだってある。涙にむせぶ夜もある。
ひどい心の傷を受けた日だって、そんなときは僕の心の扉をノックしてごらん。
僕の心は君のために開いている。
この耳だって、いつもどんなときだって聞いてあげる。
この眼だって、ともに涙をいっぱいためてあげる。
うれしいことは言わなくてもよい。君の顔を見ればわかる。
つらくいやなことはすべて僕に話してごらん。
君の重苦しい身体を半分背負ってあげる。
そして一緒に歩いていこう。


以上となります。
「一切は題目」、このご指導に幾度「策」に走っていた自身に気づかされたことでしょうか。
先生が友を励まされる姿勢と真心に、幾度「無慈悲な自身」に気づかされたことでしょうか。
一切はお題目です。
生命尊厳の社会を築き拡げゆく戦いであり、個人の幸福と社会の繁栄を一致させ具現化する戦い。
その原動力がお題目だと感じています。

さらに先生は祈りについてこのようにもご指導されております。
「祈りとは、人間の大宇宙に対する敬虔な心であり、偉大なものに対する畏敬の念の発露である、といえるかもしれない。
 理論でも、学問でも、科学でもない。人間と宇宙の「つながり」「関係性」「対応」という、人類が自ずから知っているもの、感じているものから発しているのです。合掌して祈ろうとする姿、行為は尊いものです。」
「私たちは、無宗教と自称する人でも、何かを心から願っている。何かを心の底で祈っている。これらを、宇宙の法則のうえから、祈りと現実がきちんと合致していくようにしたのが、仏法の祈りです。」(青春対話Ⅱより引用)


私もやっと引っ越しを終え、多少落ち着いた感が戻りました。
決意新たに、いよいよ我が地域において戦いを開始いたします。
更なる「信力(信ずる力、確信の強さ・深さ)」と「行力(題目を唱える力、広宣流布へ行動していく力)」で、
御本尊の「仏力(仏の力)」と「法力(法の力)」を更に発揮し、実証を示してまいります。
いつも本当にありがとうございます。
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