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19 2016

初めての海外研修inアメリカ(2000年頃のお話し) 私の目で見たアメリカって

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私の視点から見たアメリカ


実にこの国はいろいろな人種がいます。

世界から自由を求めて、夢を求めて来た人たち。

金持ちから貧乏人。

いろいろな宗教、差別。

まるで一つの小さな地球です。

州ごとに制度が違う地方分権みたいな仕組み。そのために自国で互いに独立しあい、争いあい、切磋琢磨している国。それがアメリカです。

酸いも甘いもすべてこの国にあり、何を選ぶかは自分の責任。これがアメリカです。

またどこにでもアメリカの国旗がなびいています。この光景は私にとって、みなこの国を誇りとしているように感じました。私たちがアメリカを作ったんだぞと。


その他、この国に「自然体」というものを感じました。

ちょっとしたことで会話があります。気後れする必要がない。気さくに挨拶ができる。そして人生を楽しんでいる。それがアメリカです。



それぞれの家庭により様々ですが、テレビは欠かせません。実に彼らはよくテレビを見ます。


1998年度におけるデータでは、人口の77.6%がテレビを持っており、ケーブルTV普及率は67.4%です。(テレビを持っている家族中)。ちなみに日本は人口の61.9%がテレビを持っています。


スポーツバーというのをよく町で見かけました。ビールを片手にスポーツの観戦をします。それもかなりの熱狂的でそのために毎日生きているといった感じです。客も定員も熱中して観戦します。


ただスポーツにしろ、映画にしろ、彼らはそれを見るのではなく、一緒に楽しむのだといっていました。

このみんなと一体になって楽しむというのは、より人生を楽しく過ごそうという人生観から来ているのでは?と思いました。




boston.jpg




Jap!といわれて

ワシントンにいる間,Jap!(ジャップ)と3回言われました。

結構ショックでした。どん底に落とされたような、自分の存在・人格すべてを否定されたとても悲しい気分でした。

このとき初めて、「自分は日本人」という「人種」を意識しました。

人種差別という事を日本で学んでも、北海道民の歴史の浅い出身の自分にとっては、よく分からないものです。

日本人だけに囲まれてわたしは育ってきたからです。僕はこの時初めて、日本人とはなんだろうと考えるようになりました。

また、その前に一個の人間であるという事も忘れてはならないと思いました。

Japといわれたとき、わたしと友人が道を普通に歩いており、私たちを罵倒した彼らは、車の中からすれ違いざまに言ってきたのです。なぜ彼らがこのように言ったかはわかりません。

ごく一部の人達だったのでしょう。実にさまざまな考え方の人たちがいるという事を感じました。

当時の学校の先生に聞いたところ、我々がこのように言われるということは、実に稀(まれ)なケースと仰っていました。

日本人は、写真好き、マナーが悪い、スケベ、自分のポリシーを持たないと思われているのも事実です。

また地域によっては日本人に仕事を取られたため、憎んでいる人もいるという事です。


アメリカは確かに自由の国ではありますが、貧富の差もまだま存在し、人種差別も存在している国だと感じました。

自由の国といっても白人社会を基礎とした自由の国、このような感じを受けたのです。




言葉

これはとても重要だと思います。

特に私の感じたアメリカは、いろいろな文化が集まり、現在新しい文化を作り上げている真っ只中なんだなという感じを受けました。

たくさんの人種、たくさんの文化、州ごとに違う法、しかしながら根本には西洋文化の深い歴史の血が流れている。これが私の実感です。

だけれども、この複雑な文化をつなぎ合わせるのは言葉なのです。

私たちがテレパシーを使えれば問題ありませんが、今のところまだ使えません。

実に言葉は大事です。特にこの国では英語を話せなければ相手が私の事を知るのは難しいので、実に重要です。

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