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06 2015

大道を歩む 情けない人間にはなるな 堂々と人間としての大道を歩め

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第三文明10月号から紹介します。

かつて池田大作創価学会インタナショナル会長は、子母沢寛(しもざわかん)の小説「大道」について述べたことがある(1988年10月12日)。

子母沢は「勝者によって書かれた歴史の表通り」ではなく、「陰に埋もれた人間の真実」を発掘することに努めた作家である。
池田先生はこのように評された上で、「戸田先生は、いい人だよ。一度、会わせておきたいな」とも言われていた、と追懐される。

「大道」の主人公である野中兼山(のなかけんざん)は、江戸時代初期の土佐藩(現在の高知県)の執政(藩政担当者)で、約30年間にわたって大規模な新田開発・産業の振興・新たな人材の登用などを行い、藩の財政を安定させるとともに、人々の暮らしを豊かにした人物であった。しかし、この功労者は、嫉妬と策略によって失脚しただけでなく、長い間奸物(かんぶつ:悪人の意)の汚名を着せられてきた。
小説は、次のような兼山の言葉で終わっている。

「俺は人間の大道を歩いてきた。命がけで真面目に信念の上を歩き、誠実の上を歩いてきた。俺は今日切腹の使者が来ても、本当に笑って死ねるぞ。 強い、俺は強い、大道を歩いてきたものは強いッ」。

池田先生はそのことを受けて、戸田先生が常に次のように語られていたことを紹介されます。

「『誠実』の道を行け。人目を気にして生きるような、情けない人間にはなるな。堂々と人間としての大道を歩め」

「大道」は、戸田先生が新たに設立する出版社に冠した名称でした。
このことについて池田先生は、「戸田先生ご自身が、「大道を歩む」決意を込めた名前であったと、私は思っている」(1998年6月17日)と述べられています。

そして池田先生はこのように語られました。

「私どもの行動こそ、百年先、二百年先、千年先までの人類の歩むべき『大道』を今、踏み固めていることを確信して頂きたい」


職場に於いて、地域に於いて、学会活動に於いて、友人のなかに於いて、今私は「大道」を歩んでいるのか?常に自身に問い続けていきたい。

いつもありがとうございます。
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