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13 2016

スピリチュアルな人生に目覚めるために 心に「人生の地図」を持つ 江原啓之

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題名 スピリチュアルな人生に目覚めるために-心に「人生の地図」を持つ 302P
著者 江原啓之 新潮文庫



当時はスピリチュアルが流行ったものだ。

今は、アセンションとか流行っている。

もともとこういう世界には興味があるのでついつい読んでしまう。

その上で率直に意見を言えば、自分にとってはすこし物足りない本でした。ごめんなさい。



江原さんが使命を自覚し、生命は永遠であることを伝えようとしている。スピリチュアルな世界に気付かせようとしている。それ自体はすばらしいと思う。

江原さんの「宗教」という概念は、神にすがる、拝む、といったものを「宗教」と呼んでいる感じを受ける。

神道で学び、イギリスで見聞を広めた。つまり、神とはその二つのみ。すがるものなのだ。

仏法でいうと、他力本願的な要素を指している。云っていることは真理の一端を含むのだろう。

しかし、どう歩めばよいのかを伝えているが、歩ませるには時間がかかるという、歴劫修行的な発想だ。



日蓮仏法、創価学会の宗教は、ここで云う「すがる宗教」とは違う。

それは、自他に内在する仏界・仏性という生命を開く生き方を教えているからだ。

そして、自他不二、依正不二、一念三千、縁起・等といった思想があり、それゆえに生命尊厳を訴え抜くことができる。つまり、自力本願でも他力本願でもないのだ。 

宗教イコール盲信者の集い、こういった構図があると思っている節を感じる。

それは、江原さんの宗教のとらえ方が、きっと縁した宗教を持った人たちに特に多かったのだろう。

この本を読んで、江原さんに真の日蓮仏法・創価学会、そして師弟の道を知って頂きたいと切に願う。



以下に、一部心にとどめ、考えさせられた箇所を抜粋します。

★あの世からのメッセージを伝えるときに大切なのは、その人が現世で抱えている悩みを解消することではない。この現世の「物質主義的価値観」という不幸の生活原理の代わりに、「霊的価値観」という新たな視点を当たえることなのです。
 →なるほどその本人に気付きを与える、新たな視点を持たせるということなんだなと思いました。


★今はまさに「自然霊」の時代。人類が「人霊」としての感性を失いつつあり「自然霊」に近くなっている。世界中に低級な自然霊が増えているのである。

 →面白い捉え方ですね。自然霊が低級と言われていますが、今この時を流されて瞬間瞬間を生きてしまうのか、それもと今この瞬間を真剣に生きるのかの違いなのかなと感じました。


★あなたの魂があの世に唯一もっていけるものは、この世で味わった「経験」と、そこから得た喜怒哀楽様々な「感動」だけです。それが私たちの魂を磨く。いかにたくさんの感動を得たかに尽きる。
 →自らの実感として、そのとおりだと思いました。


★霊能力者は一技術者です。人々をスピリチュアルな人生に目覚めさせ、霊的心理を伝えていくのが本来の仕事。何か特定の宗教を信じれば幸せになれるというのも絶対にうそ。それが本当ならば世界中の人たちがそれを信仰すればいい。しかし真理に照らせば、信じただけで幸せになるなど、あり得ない話です
 →いわゆる思想の正邪により、価値感の相違により、幸・不幸が決まることを言いたかったのかな、と思いました。


★私がもっとも苦手としているのは特定の宗教の信仰者です。霊的真理を最も受け入れられない人達だからです。ドグマの中で生きているため、共通言語を持ちにくく、否定論者以上に霊的真理が入り込む余地を有していません。何かの宗教にすがれば幸せになれるという考え自体が、そもそも霊的真理に反しています。もっときちんと考えて生きてほしいのです。何かを信じて拝んだりしただけで幸せになれるなんて、第一不公平だし、あまりに単純すぎます。私はただ、宗教そのものを否定しているわけでは決してありません。宗教を妄信し、それにすがって自分の頭では何も考えないという生き方は虚しいと言いたいのです。

 →最後まで読んで云いたい事が理解できた気がします。つまり、盲目になるなということでしょう。そして特定の宗教の信者は盲目になる傾向が強いということなのでしょう。この点、日蓮大聖人の仏法の信仰者として、「疑わない」と「疑いが無い」というのでは大きく異なることを示しておきたいですね。




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