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こんにちは。
最近とても感動したお話がありました。
詳細は青山姉妹オフィシャルwebサイトに掲載されています。
どのようなお話かというと、視覚障害を乗り越え、とある短期大学部英文学科に入学し、語学研修という夢も実現した一人の女性(24歳)のお話です。
彼女の目が不自由になったのは当時15歳、高校1年の夏からです。
友達と遊んでいた帰り道、家の近くの道路を、もちろん青信号で渡っていた。
乱暴な運転をする車が猛スピードで突進してきた。運転していた男は、暴走族の先頭隊長。
彼女は車にはねられ、2~3m宙に浮いた。
周りのひとは全員が「もうダメだ・・・」と思ったほどの状態。
ひき逃げされたニュースは大々的に流れるほどの大事故だった。
体中骨折、脳挫傷、肺、腎臓などに血がたまり、重症。
肋骨の骨折で首が座らない。目玉は飛び出していた。
しかしその中で、奇跡的に命は助かった。
あるとき、ものが二重に見えた。テレビの電源が突然パチンと消えたように、目の前が真っ暗になった。
何も見えなかった。母は「朗子、落ち着きなさい。絶対に治る!信じなさい」と、手を強く握り、何度も何度も語りかけてくれた。また、父は、「目が見えなくなったことには意味がある。苦しみは乗り越えられるためにある。使命があって生まれてきたんだ」と、教えてくれた。
何も見えない。光がない。
そんな中でも両親の強い励ましで「絶対に治してみせるんだ!」という信念に変わった。
1カ月後です。看護師さんが夜、電気をつけてくれた日に目を覆うほどの大きな光を感じた。
眼科医の先生には「信じられない・・・。視神経がよみがえった!」と、言われた。
それでも、辛いリハビリにも耐え、たくさんの治療を乗り越え寝たきりだった状態から歩けるまでになった。
盲導犬協会の存在を知り、生活の訓練をさせてもらえることになった。洗濯や、料理の訓練もした。
ほとんど見えない。指を切ってしまうことや、せっかく作ってもお皿にうまく盛り付けられないこともあった。
それでも両親は、黙って見ていてくれた。ケガをしても、フライパンの中に火がついてしまっても、料理がテーブルにこぼれてもずっと見守っていてくれた。「これから必ず必要になってくることだから。失敗して学びなさい」と。
そして彼女は現在一人暮らしだそうです。家事も炊事もすべてひとりでやる。
5年間のブランクを経て、20歳のときに北海道高等盲学校に入学。
クラスメイトたちから努力をするということと、自分に負けないという力を教わった。
だが、目は見えているわけではない。
右の視力は明るさが感じられる程度。左目は、色はなく視野は0%。
針の穴からわずかに感じられる最低限の視力で文字を認識するという。
拡大器を使って勉強をし、教科書1ページ読み終えるのに1時間かかるときもあるという。
事故の後遺症で両手の感覚は完治せず、点字をすることはできない。
わずかな視力ですから、夕食と入浴以外はすべて勉強する時間にあてたという。
そして、英語検定や漢字検定に次々と合格。
中高でトップクラスの成績だった英語を活かしたいという思いで大学進学を目指した。
英語のレベルが高いと評判の短期大学部英文学科に合格。
子供の頃から夢だった語学研修(留学)も実現できた。
――――――――――――――――――――
それでも私は目が不自由になったことを一度も不幸に思ったことはありません。
どんな困難にも負けず乗り越えていける強い心を得ることができたからです。
目の代わりに人の声を聞き、心で語り、自然の匂いを感じ、ひとの温かさに触れ、私は何でもできる自由な人生へと転換することができたからです。
目が見えなくなってからは、昔の自分じゃないみたいに頑張れました。何をするときも希望を持てるようになりました。
突然目が見えなくなって「死にたい」と言うひとも少なくありません。心底悲しんでいる人はたくさんいます。
私の使命は、かつて障害者が叶えられなかったことをすべて叶えることです。
誰にでも「無限の可能性」があるということを私の姿そのもので証明していきたいと思っています。
事故からの9年間を誇りに思います。
――――――――――――――――――――
以上です。
私もこれを読んだ時、とてつもない感動が胸を貫きました。泣けて仕方ありませんでした。
この方は創価学会員の方であり同志です。
以前、ある会合でこの女性の方のお父さんから話しを伺った事があります。
「妙とは蘇生の義なり」「不可能を可能とする信仰なんです」
「そしてそれが出来るのです」
この方から真の信仰者としての生き方を教えられました。なんと崇高な人生でしょう。
私は両目緑内障のため、目が不自由です。
しかしまだお会いしたこともない彼女から、卑屈になってはいけない!強く生きなさい!
このように教えられた気がします。
自分ごとで一喜一憂している小さな心を猛省し、あらたな決意で今日より前進して参ります。
本当にありがとうございます!
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こんにちは。
最近とても感動したお話がありました。
詳細は青山姉妹オフィシャルwebサイトに掲載されています。
どのようなお話かというと、視覚障害を乗り越え、とある短期大学部英文学科に入学し、語学研修という夢も実現した一人の女性(24歳)のお話です。
彼女の目が不自由になったのは当時15歳、高校1年の夏からです。
友達と遊んでいた帰り道、家の近くの道路を、もちろん青信号で渡っていた。
乱暴な運転をする車が猛スピードで突進してきた。運転していた男は、暴走族の先頭隊長。
彼女は車にはねられ、2~3m宙に浮いた。
周りのひとは全員が「もうダメだ・・・」と思ったほどの状態。
ひき逃げされたニュースは大々的に流れるほどの大事故だった。
体中骨折、脳挫傷、肺、腎臓などに血がたまり、重症。
肋骨の骨折で首が座らない。目玉は飛び出していた。
しかしその中で、奇跡的に命は助かった。
あるとき、ものが二重に見えた。テレビの電源が突然パチンと消えたように、目の前が真っ暗になった。
何も見えなかった。母は「朗子、落ち着きなさい。絶対に治る!信じなさい」と、手を強く握り、何度も何度も語りかけてくれた。また、父は、「目が見えなくなったことには意味がある。苦しみは乗り越えられるためにある。使命があって生まれてきたんだ」と、教えてくれた。
何も見えない。光がない。
そんな中でも両親の強い励ましで「絶対に治してみせるんだ!」という信念に変わった。
1カ月後です。看護師さんが夜、電気をつけてくれた日に目を覆うほどの大きな光を感じた。
眼科医の先生には「信じられない・・・。視神経がよみがえった!」と、言われた。
それでも、辛いリハビリにも耐え、たくさんの治療を乗り越え寝たきりだった状態から歩けるまでになった。
盲導犬協会の存在を知り、生活の訓練をさせてもらえることになった。洗濯や、料理の訓練もした。
ほとんど見えない。指を切ってしまうことや、せっかく作ってもお皿にうまく盛り付けられないこともあった。
それでも両親は、黙って見ていてくれた。ケガをしても、フライパンの中に火がついてしまっても、料理がテーブルにこぼれてもずっと見守っていてくれた。「これから必ず必要になってくることだから。失敗して学びなさい」と。
そして彼女は現在一人暮らしだそうです。家事も炊事もすべてひとりでやる。
5年間のブランクを経て、20歳のときに北海道高等盲学校に入学。
クラスメイトたちから努力をするということと、自分に負けないという力を教わった。
だが、目は見えているわけではない。
右の視力は明るさが感じられる程度。左目は、色はなく視野は0%。
針の穴からわずかに感じられる最低限の視力で文字を認識するという。
拡大器を使って勉強をし、教科書1ページ読み終えるのに1時間かかるときもあるという。
事故の後遺症で両手の感覚は完治せず、点字をすることはできない。
わずかな視力ですから、夕食と入浴以外はすべて勉強する時間にあてたという。
そして、英語検定や漢字検定に次々と合格。
中高でトップクラスの成績だった英語を活かしたいという思いで大学進学を目指した。
英語のレベルが高いと評判の短期大学部英文学科に合格。
子供の頃から夢だった語学研修(留学)も実現できた。
――――――――――――――――――――
それでも私は目が不自由になったことを一度も不幸に思ったことはありません。
どんな困難にも負けず乗り越えていける強い心を得ることができたからです。
目の代わりに人の声を聞き、心で語り、自然の匂いを感じ、ひとの温かさに触れ、私は何でもできる自由な人生へと転換することができたからです。
目が見えなくなってからは、昔の自分じゃないみたいに頑張れました。何をするときも希望を持てるようになりました。
突然目が見えなくなって「死にたい」と言うひとも少なくありません。心底悲しんでいる人はたくさんいます。
私の使命は、かつて障害者が叶えられなかったことをすべて叶えることです。
誰にでも「無限の可能性」があるということを私の姿そのもので証明していきたいと思っています。
事故からの9年間を誇りに思います。
――――――――――――――――――――
以上です。
私もこれを読んだ時、とてつもない感動が胸を貫きました。泣けて仕方ありませんでした。
この方は創価学会員の方であり同志です。
以前、ある会合でこの女性の方のお父さんから話しを伺った事があります。
「妙とは蘇生の義なり」「不可能を可能とする信仰なんです」
「そしてそれが出来るのです」
私の使命は、かつて障害者が叶えられなかったことをすべて叶えることです。
誰にでも「無限の可能性」があるということを私の姿そのもので証明していきたいと思っています。
事故からの9年間を誇りに思います。
この方から真の信仰者としての生き方を教えられました。なんと崇高な人生でしょう。
私は両目緑内障のため、目が不自由です。
しかしまだお会いしたこともない彼女から、卑屈になってはいけない!強く生きなさい!
このように教えられた気がします。
自分ごとで一喜一憂している小さな心を猛省し、あらたな決意で今日より前進して参ります。
本当にありがとうございます!
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