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タイトル「書く力」 著者「齋藤孝」 発行「大和書房」
「書くことは考える力を鍛える。」このフレーズが真っ先に私の脳裏に焼き付いた。
何故、書くことが考える力を鍛えることになるのか?
筆者は訴える。「書く力」とは構築力である。書くという行為は、そのまま放っておけばエントロピー(無秩序状態)が増大していき、ますます退屈で無意味な世界になる日常の中に、意味という構築物を打ち立てていく作業なのだ」と。
退屈で無意味な世界いになる日常とは思わないが、確かに書くためには自分自身で考えなくてはならない。自分自身の考えを創り上げる、ということになる。
私は20歳で社会人となった、あの時の、新鮮な気持ちを思い出した。社会に出たときの小さな不安、しかし、それ以上に、希望と未来の喜びに満ち溢れていたあのころ。
書籍「人間革命」を毎晩読み、毎日日記を綴っていた。先生のように、人の幸福のために生き抜く人生を歩みたい。自分は自分らしく、桜梅桃李で、人のために生き抜く、価値ある人生を歩もう。歴史に残る生き方をしよう。そう思った。
書くことは価値観の新たな創造にもなる。人によって、見え方・捉え方は違う。自分が見えている世界は、皆も同様に見えているわけではないのだ。同様に、他の人が見えている世界は、実は自分が気づけずにいた、新たな発想や世界があるのだ。
文章を書く。その動機は、人に伝えたいことがあるからだ。更に書くことで、「新たな気付き」もある。書く中で考える力が身につき、自信と経験につながる。そこから次への挑戦、意欲が生まれるのだ。
私は創価学会の会員であるが、この書を読んだのを機に、創価学会について、少し考えてみたのである。
創価学会は、民衆の幸福を実現する団体である。戸田第2代会長は、この地球上から「悲惨」と「不幸」の2字を無くしたいと云われた。当時の軍部に逮捕・牢獄に入り、獄中で「南無妙法蓮華経」の唱題を上げ抜く中、「我は仏なり!仏とは生命なり!」との大確信を得られた。
全ての命に仏の命、「仏性」を備えており、胸中より仏性を呼び起こせば、誰もが不可能を可能にする力を持っているのである。
この現実の世界に、生命尊厳の希望溢れる生命哲学を広げ、互いに励まし合い、支え合う使命は創価学会にある。
ならば、私自身も、語り、書き、正しき創価哲学の思想を伝えることは、仏法に相通じることではないだろうか。
このように思い、「書くことは考える力を鍛える」ことは、私たちにとって欠かせない力、養うべき力であると考えることができたのだ。
もし、考える力がなければどうなるのか。筆者は答える。
これからの時代、ものをきちんと考える力がない人は非常に不利になる。たとえばビジネスマンの立場も二極分化されることが予想される。考える仕事、すなわち企画してそれを実行する、あるいはプロジェクトを作って遂行していく能力のある人が正社員として会社の中核となり、それ以外の「代わりのきく職種」はアルバイトや派遣社員で構成されるようになるだろう、と。
今(2020年)にして思えば、考えるということは想像力、創造力に通じるのだろう。そしてそれ以外の仕事はAIに変わっていくのだろう。
さて、具体的に「書く」はどのように実行すべきなのか。筆者は教えてくれている。
まずは本の読み方である。常にアウトプットを意識してインプットするのである。そうすることで、より上質な読書が出来る。一時間に30ページしか読めないとしたら、読める30ページを選べばいい。つまり、読むスピードよりも、どの部分を読むかという選択眼を養うことが大事なのだ。
次に線の引き方である。赤は重要な部分、青はまあまあ重要な部分、緑は個人的にいいと思った部分。このように自分なりに3つに分けて読みながら考える力を養い、自分のアンテナに引っかかりを感じた部分をはっきりさせるのである。
そして書くときには、性格の違う三つのキーコンセプトをつくる。そうしてそれを組み合わせて文章を創るのである。また、時間を限定した状態の中でまとめる。こうすることで構築力の力を養う。これは社会人になって特に求められる力である。
そして文体である。文体は文章に生命力を与える。生命力は文体ににじみ出る。構築力(技術)と生命力(パッション)のバランスで文章は決まる。そして読んでもらう相手を意識して書くこと。でないと、自分のために書くことと区別がつかず、意図の曖昧な文章になってしまう。更に、立ち位置を意識すること。文体は立ち位置できまる。一人称で書くのか、三人称で書くのか。これも頭に入れながら書いてみる。
最後にどのようなものを題材にし、実施するのか。まず一番手っ取り早いのが、読書感想文の評価トレーニングである。
読書した後、
①性質の違うおもしろいところのベスト3を選ぶ。
②3ヶ所について著者でなく自分が「言いたいコメント」をまとめる。
③「3つのコメント」の相互関係を考えて配列する。これを頭に入れながら作成してみるとよい。
読書感想文の他には、映画の活用がある。本ではないため、考える力が更に必要だ。まず、自分の関心を掘り下げ、3つ選んでみる。3つ選ぶのは、監督なり脚本家の意図を、自分の観点、感性で汲み取るということだ。
このほかにも日記を活用し、自分自身と向き合うことで自分を取り戻すことだ。本当に書きたいことを書くのは、本来とてもつらいことなのだ。このつらさに正面からぶつかって、内面にある思いを表現するのである。
以上がこの本の大まかな内容であるが、とても貴重な内容が書かれている。
この本を評価する前に、なんでもよいからまず実施したい。早速挑戦したい。そう強く思わせた、貴重な一書である。
以上です。
実はこの本をきっかけに、ブログに感想文を書き始めたのです。
でも、感想文って結構時間がかかり、根気がいるので、私の場合は長く続きませんでしたが…(笑)
それでも、これを良いきっかけとして、人間革命の再度読了に挑戦し、感想文を書きたいと思っています。
読んでいただき、本当にありがとうございます。
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書くことは考える力を鍛えること
タイトル「書く力」 著者「齋藤孝」 発行「大和書房」
「書くことは考える力を鍛える。」このフレーズが真っ先に私の脳裏に焼き付いた。
何故、書くことが考える力を鍛えることになるのか?
筆者は訴える。「書く力」とは構築力である。書くという行為は、そのまま放っておけばエントロピー(無秩序状態)が増大していき、ますます退屈で無意味な世界になる日常の中に、意味という構築物を打ち立てていく作業なのだ」と。
退屈で無意味な世界いになる日常とは思わないが、確かに書くためには自分自身で考えなくてはならない。自分自身の考えを創り上げる、ということになる。
私は20歳で社会人となった、あの時の、新鮮な気持ちを思い出した。社会に出たときの小さな不安、しかし、それ以上に、希望と未来の喜びに満ち溢れていたあのころ。
書籍「人間革命」を毎晩読み、毎日日記を綴っていた。先生のように、人の幸福のために生き抜く人生を歩みたい。自分は自分らしく、桜梅桃李で、人のために生き抜く、価値ある人生を歩もう。歴史に残る生き方をしよう。そう思った。
書くことは価値観の新たな創造にもなる。人によって、見え方・捉え方は違う。自分が見えている世界は、皆も同様に見えているわけではないのだ。同様に、他の人が見えている世界は、実は自分が気づけずにいた、新たな発想や世界があるのだ。
文章を書く。その動機は、人に伝えたいことがあるからだ。更に書くことで、「新たな気付き」もある。書く中で考える力が身につき、自信と経験につながる。そこから次への挑戦、意欲が生まれるのだ。
私は創価学会の会員であるが、この書を読んだのを機に、創価学会について、少し考えてみたのである。
創価学会は、民衆の幸福を実現する団体である。戸田第2代会長は、この地球上から「悲惨」と「不幸」の2字を無くしたいと云われた。当時の軍部に逮捕・牢獄に入り、獄中で「南無妙法蓮華経」の唱題を上げ抜く中、「我は仏なり!仏とは生命なり!」との大確信を得られた。
全ての命に仏の命、「仏性」を備えており、胸中より仏性を呼び起こせば、誰もが不可能を可能にする力を持っているのである。
この現実の世界に、生命尊厳の希望溢れる生命哲学を広げ、互いに励まし合い、支え合う使命は創価学会にある。
ならば、私自身も、語り、書き、正しき創価哲学の思想を伝えることは、仏法に相通じることではないだろうか。
このように思い、「書くことは考える力を鍛える」ことは、私たちにとって欠かせない力、養うべき力であると考えることができたのだ。
もし、考える力がなければどうなるのか。筆者は答える。
これからの時代、ものをきちんと考える力がない人は非常に不利になる。たとえばビジネスマンの立場も二極分化されることが予想される。考える仕事、すなわち企画してそれを実行する、あるいはプロジェクトを作って遂行していく能力のある人が正社員として会社の中核となり、それ以外の「代わりのきく職種」はアルバイトや派遣社員で構成されるようになるだろう、と。
今(2020年)にして思えば、考えるということは想像力、創造力に通じるのだろう。そしてそれ以外の仕事はAIに変わっていくのだろう。
さて、具体的に「書く」はどのように実行すべきなのか。筆者は教えてくれている。
まずは本の読み方である。常にアウトプットを意識してインプットするのである。そうすることで、より上質な読書が出来る。一時間に30ページしか読めないとしたら、読める30ページを選べばいい。つまり、読むスピードよりも、どの部分を読むかという選択眼を養うことが大事なのだ。
次に線の引き方である。赤は重要な部分、青はまあまあ重要な部分、緑は個人的にいいと思った部分。このように自分なりに3つに分けて読みながら考える力を養い、自分のアンテナに引っかかりを感じた部分をはっきりさせるのである。
そして書くときには、性格の違う三つのキーコンセプトをつくる。そうしてそれを組み合わせて文章を創るのである。また、時間を限定した状態の中でまとめる。こうすることで構築力の力を養う。これは社会人になって特に求められる力である。
そして文体である。文体は文章に生命力を与える。生命力は文体ににじみ出る。構築力(技術)と生命力(パッション)のバランスで文章は決まる。そして読んでもらう相手を意識して書くこと。でないと、自分のために書くことと区別がつかず、意図の曖昧な文章になってしまう。更に、立ち位置を意識すること。文体は立ち位置できまる。一人称で書くのか、三人称で書くのか。これも頭に入れながら書いてみる。
最後にどのようなものを題材にし、実施するのか。まず一番手っ取り早いのが、読書感想文の評価トレーニングである。
読書した後、
①性質の違うおもしろいところのベスト3を選ぶ。
②3ヶ所について著者でなく自分が「言いたいコメント」をまとめる。
③「3つのコメント」の相互関係を考えて配列する。これを頭に入れながら作成してみるとよい。
読書感想文の他には、映画の活用がある。本ではないため、考える力が更に必要だ。まず、自分の関心を掘り下げ、3つ選んでみる。3つ選ぶのは、監督なり脚本家の意図を、自分の観点、感性で汲み取るということだ。
このほかにも日記を活用し、自分自身と向き合うことで自分を取り戻すことだ。本当に書きたいことを書くのは、本来とてもつらいことなのだ。このつらさに正面からぶつかって、内面にある思いを表現するのである。
以上がこの本の大まかな内容であるが、とても貴重な内容が書かれている。
この本を評価する前に、なんでもよいからまず実施したい。早速挑戦したい。そう強く思わせた、貴重な一書である。
以上です。
実はこの本をきっかけに、ブログに感想文を書き始めたのです。
でも、感想文って結構時間がかかり、根気がいるので、私の場合は長く続きませんでしたが…(笑)
それでも、これを良いきっかけとして、人間革命の再度読了に挑戦し、感想文を書きたいと思っています。
読んでいただき、本当にありがとうございます。
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